文豪の朗読

高橋たか子「きれいな人」 江國香織が聴く

2017年02月26日

高橋たか子(1932~2013)=2002年、首藤幹夫氏撮影

■透明な空気感にさらわれる

 親交のあるフランス人女性(名前はシモーヌ)の百歳の誕生日パーティに招かれて、語り手である七十歳前後の日本人女性が、日本からフランスにでかけて行く。パーティの席上で、招待客に詩集が配られる。シモーヌが若いころから書きためてきたたくさんの詩のなかから、孫娘が選んでまとめた記念の詩集で、主人公は滞在中にすこしずつ読むのだが、それらの詩が、この小説の重要な一部になっている。とはいえ、「きれいな人」というこのユニークかつ自由な構造を持つ小説のほとんどは、シモーヌでも主人公でもないフランス人女性(名前はイヴォンヌ)の記憶と語りでできている(!)。語られるのは、ほとんど百年近くにわたって彼女が愛してきた一人の男性のことだ。
 高橋たか子の朗読は、小説の終盤、滞在を終えた女性主人公が、シモーヌの詩を幾つか読んでから屋敷を辞去する場面。だから詩と小説の両方の朗読が聞ける。
 エアリーというか、透明な空気感のある朗読である。かぼそいのに芯の通った声で、「ふしぎ、ふしぎ、この、わたし」と、老境のシモーヌが書いたことになっている詩の一節を読まれると、どこか遠くに心をさらわれそうになる。遠くというのが百年前のフランスなのか、もっとべつな、この世ならざる場所なのか、わからなくなる。
 詩から地の文への移行のしかたも“ふしぎ”な具合に自然で、聞き手は、気がつけば屋敷の玄関前にふわりと着地して、別れの場面を目撃し、彼らの挨拶(あいさつ)の言葉などを聞いている。
 たんたんとした朗読は、特別上手(うま)いわけではないのだが、「思い出に保険を?」と「思い出に保険を!」の「?」と「!」をもきちんと読み分ける、静かで丁寧な読みぶりは耳に心地よく、著者の声が、登場人物みんなの声を含んだ、小説そのものの声であるように感じられる。
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 今回は、日本近代文学館の「第38回 声のライブラリー」(04年9月11日、石橋財団助成)の音声を元にしています。
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■聴いてみる「朝デジ 文豪の朗読」
 朝日新聞デジタルでは、本欄で取り上げた文豪の朗読の一部を編集して、ゆかりの画像と共に紹介しています。通常は「月刊朝日ソノラマ」誌の1960年代の音源を使っていますが、今回は日本近代文学館が所蔵・公開している音声を使いました。朗読映像は同館で閲覧可能です。朝日新聞デジタルの特集ページは次の通りです。
 http://www.asahi.com/culture/art/bungo-roudoku/

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