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夜行 [著]森見登美彦

2017年03月05日

■失踪した仲間が導く異世界

 森見登美彦は『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』で知った。故意に古めかしい常套(じょうとう)文をもちい、重々しいかと思いきやそれが反転、小説世界がスピーディーに炸裂(さくれつ)してゆく。てんこ盛りの笑劇だ。古典への依拠。奇想。そこにいつも空間がねじれるオマケまでつく。
 『夜行』はさみしく澄み渡ったファンタジーホラーだ。静かな文体。上述作とは正反対のようだが、本質は変わらない。卓抜なストーリーテリングが多くの読者をつかむ要因だろう。
 京都・鞍馬(くらま)の火祭見物中に、語学学校仲間の女子1人が失踪した。残された学友5人が火祭見物のため10年後再会する。ある画家の遺(のこ)した銅版画連作「夜行」が口火となり、それぞれが過ごしてきた体験を語ると、すべてに連作「夜行」の何かがからむ。失踪した女子の面影もゆらめく。細部が連関し、奥行きには語られない異世界まで潜む。たとえば各話の「その後」はどうなったのか……。
 怪談の語りあい=「百物語」の形式。怖さは細部にじわじわにじんでくる。人物や建物同士の「酷似」が異世界の扉を開け、安心と思われた人物が突然変調する。落語の怪談語りの呼吸と現代的な小説作法が融合している。酷似は時間軸に散らされれば「反復」となる。この反復により終盤への緊張が高まる。最後には夜の世界と曙光(しょこう)の世界、そのふたつの不安定なねじれが描かれる。この複雑な設定も読者はやわらかさにより咀嚼(そしゃく)できてしまう。もちろん、現状に不安をもつ若者層にとって時間軸を操作して叙情を導く作品(『君の名は。』等)は大切なお守りだ。それも意識されている。
 語られる体験は旅が基調。尾道・奥飛騨・津軽・天竜峡……旅情と一体化した情景に透明感がある。下校する女子高生と話者が飯田線で乗り合わせた「第四夜 天竜峡」。「伊那市からもう二時間近く経つ。あの子はどこまで乗るつもりだろう」。この科白(せりふ)からも存在できない者の寂しさと怖さが伝わってくる。(阿部嘉昭=評論家・北海道大学准教授)
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 小学館・1512円=8刷16万部
16年10月刊行。雑誌連載を全面改稿し、中高年にも読まれている。担当編集者は「怪談や旅、夜行列車といった要素にひかれる人もいるようです」。

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