私のつづりかた―銀座育ちのいま・むかし 小沢信男さん

[文]大上朝美  [掲載]2017年03月12日

「私のつづりかた」を出版した作家の小沢信男さん=早坂元興撮影 拡大画像を見る
「私のつづりかた」を出版した作家の小沢信男さん=早坂元興撮影

表紙画像 著者:小沢 信男  出版社:筑摩書房

■父が残してくれていた「昔」

 「みんな、まずおやじを褒めてくれるんですよ。よく残しておいてくれたな、って」
 そう言って小沢さんは「私のつづりかた」と書いた茶色い表紙の古い冊子を取り出した。80年以上昔、小学2年生の信男少年が先生に提出し、戻ってきた綴(つづ)り方(作文)16本を父親がたこひもで綴(と)じてくれたのだ。その作文や、同じ頃描いた絵から記憶をたぐり、街や暮らしの往事を綴った。幼い自分との対話も面白い。「自分だけど他人みたい。褒められると、孫が褒められたみたいでね」と笑う。
 小沢さんの父・義詮(よしあき)さんは山梨県から上京、新橋に近い銀座西8丁目に自宅兼個人営業のハイヤー会社を持った。銀座でも表通りと違い、「家々に人が住み、さまざまな商いをして、子どもたちもうじゃうじゃいた」街だ。
 通学先は、いまも健在の泰明小学校。神社の縁日に行ったり、軍楽隊の行進見学に動員されたり。1935年(昭和10年)の子どもの日常は一見、平和。が、旧満州の兵士に向け、学校で「慰問文」も書かされている。翌年、節分の豆まきで2年生の作文は終わり。時代は大きく動く。
 37年からの日中戦争でガソリンが統制になり、業界統合で父の会社は消滅。日米開戦の年に世田谷へ転居。自宅は戦災を免れ、作文や絵は残った。本のカバーを外すと冊子の表紙になるという装丁だ。
 それにしても、記憶のなんという細やかさ! 「谷崎潤一郎の『幼少時代』を読んで年をとるとこんな昔のことばかり鮮やか、と思ったけど、自分もそうなっちゃった」
 おかげで、昔の東京の街や人が生き生きとよみがえる。恩人である父の仏壇に、この本を供えたそうだ。
    ◇
 筑摩書房・1944円

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