文豪の朗読

川端康成「雪国」 島田雅彦が聴く

2017年03月26日

川端康成(1899~1972)。京都・下鴨神社で=61年ごろ撮影

■生の燃焼と孤独な魂の交感

 日本の鉄道はトンネルの数が極めて多く、しかも長いものが多い。トンネルをくぐるたびに『雪国』の冒頭のフレーズを思い出しながら、抜けた先に出現する別世界に誘われる。鉄道もトンネルもなかった時代は歩いて峠越えをしていたことを思えば、ほとんどワープする感覚である。
 雪国の風景、人、暮らしは、ほとんど固有名詞が出てこない抽象的な描写に終始している。旅人の島村は映画のカメラとなり切っており、そのレンズに映る印象が淡々と連結されてゆく。芸者の駒子との他愛(たわい)もない会話が随所にちりばめられているが、二人の情が交錯することはなく、小説は島村の随想的なモノローグで進行する。ところで、川端が京都祇園で遊んだ時の有名なエピソードがある。座敷に舞妓(まいこ)たちを並べて、何をするかと思えば、一人一人順番に面と向かい合い、あの爬虫(はちゅう)類的な眼差(まなざ)しでその姿を凝視していたのだそうだ。中には緊張に堪えかねて泣き出す舞妓もいたと聞く。本作の旅人島村には、芸者の姿のみならず心の内まで酷薄に映し出す鏡になり切ろうとした川端自身の反映がある。
 それまでインテリ男子向けだった文学の裾野を女性や子どもに広げつつあった大正期から「新感覚派」の作家として活動を始めた川端は、モダニズムの薫陶を受けつつ、自らの作品を新たな読者層である女性たちを映す鏡にしようとしていた。竹久夢二が同時代の女子の肖像を描き、人気を博したように。短歌のように心象風景を映しとる川端の描写は映画的でもあり、小説を場面ごとに分割し、ナンバーを振れば、そのままシナリオとして使えそうだ。大正モダニズムには映画の台頭に文学がどう対処するかの問題も含まれており、川端はそれに対する答えを模索していたふしがある。さて、朗読はというと、やや甲高い老人声にはテキストには現れない関西弁の訛(なま)りが入っていて、この人は紛れもなく大阪の人だったことを再確認できる。
    ◇
 「文豪の朗読」は今回で終わります。

■聴いてみる「朝デジ 文豪の朗読」
 朝日新聞デジタルでは、本欄で取り上げた文豪が朗読する肉声の一部を編集して、ゆかりの画像と共に紹介しています。元になった「月刊朝日ソノラマ」は、朗読やニュースなどを収録したソノシート付きの雑誌です。録音にまつわるエピソードも紹介しています。特集ページは次の通りです。
 http://www.asahi.com/culture/art/bungo-roudoku/

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