悩んで読むか、読んで悩むか

「何かのために」ではなく 水無田気流さん

2017年06月04日

70年生まれ。社会学者・詩人。『「居場所」のない男、「時間」がない女』など。

■相談 哲学は現代の問題解決に役立つか

 世界が混沌(こんとん)としているように感じます。世界を根本から見つめてみたいと思っています。そのために、何か哲学書を読んでみるのがいいのかもしれないと思うのですが、哲学は現代の課題を解決するのに役に立つのでしょうか。昔の哲学についての解説書は多いようですが、今の問題を扱った哲学者の本を教えてください。
 (長野県、公務員女性・49歳)

■今週は水無田気流さんが回答します
 昨今は多くの研究者が「今日の世界は混沌(こんとん)としている」という見解を持っています。かつてのように、何らかの確固たる統一的な価値観に依拠して世界を説明することができない……。これは、哲学者ジャン=フランソワ・リオタール『ポスト・モダンの条件』(水声社)しかり、もう社会は確固たる基盤をなくし「液状化」していると述べる社会学者ジークムント・バウマン『リキッド・モダニティ』(大月書店・品切れ)しかり、グローバル化と重層的な流動を論じる文化人類学者アルジュン・アパデュライ『さまよえる近代』(平凡社・品切れ)しかりです。全員取り上げたら「世界混沌(こんとん)上等!」の幟(のぼり)を立てた一群が、疾走して行きそうですね。
 ただ相談者さまの言葉で気になるのは、哲学は現代の問題解決に「役立つ」のか、との問いです。私見では、哲学は何かの役には立ちません。たまに、うっかり役に立ってしまうこともあるとは思います。でも「何かのために」が前面に立ったら、何か違うものになってしまうのではないか……と私は考えます。哲学者マルティン・ハイデッガーは『技術への問い』の中で近代技術の本質を「Ge—stell」(ゲ・シュテル)と論じました。本書では「集—立」と訳されます。あらゆるものを役立てるように駆り立てていくため、「総駆り立て体制」と訳されることもあります。近代技術は、自然を人間に役立つものとして捉え、資源として役立つように変換します。あらゆる人的・物的資源を一つの目標に向けて役立つよう動員する機運が最高度に高まるのは、集団の危機感が最強度に共有される戦争状態です。ですから、私はこの言葉の一番しっくりくる訳は、「総力戦体制」だと思います。「役立つこと」への総力戦体制。これは善悪を問わず、資源をただ目的のために集約します。近代技術は、効率良く大量殺戮(さつりく)に役立つ兵器を開発して来ました。「役立つ」ことのみを追求した最悪の結果は、もうご存知(ぞんじ)でしょう。混沌(こんとん)とした今日だからこそ、「役立つこと」そのものを問い直すという、哲学の役割は極めて大きいと私は考えます。
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 次回はタレントの壇蜜さんが答えます。
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 ■悩み募集
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