ゲンロン0 観光客の哲学 [著]東浩紀

2017年06月11日

■ふまじめな言葉で理想照らす

 このところ「哲学」を掲げる本が目立つ。『いま世界の哲学者が考えていること』(岡本裕一朗著・ダイヤモンド社)は、刊行後九カ月経っても店頭の目立つ位置を占め、今年四月に出た『勉強の哲学』(千葉雅也著・文芸春秋)も読まれている。利益最大化を宿痾(しゅくあ)とする経済が購買や検索の履歴を匿名データとして蓄積し、政治やメディアも巻き込んで世の隅々まで絶賛効率化中の昨今。折よく人工知能開発も進むなか、かそけくも確かに人心に吹き込む“「この私」の居場所”を巡る不安が、「マスな社会学」と「徹底して個人的な文学」を繋(つな)ぐ、より根源的な知としての「哲学」を求めしむる気持ちはよくわかる。そんな時代に、同じく「哲学」を冠する本書は、「グローバリズムかヒューマニズムか」「公か私か」等として訪れる社会と個人の二項対立(我が儘(まま)な人間たちがなぜ社会など作るのか?)の解消を、「ふまじめさ」や「偶然性」に見いだす。気まぐれに観光地を訪れて、住民の気持ちなど無頓着に徘徊(はいかい)し帰ってゆく「観光」のスタイルを解決のヒントにするのだ。
 いかに人間は、新しいものに出会い、交遊や関係や理解を広げ、文化や習慣の違う他人を愛することができるのか。それがどう社会や政治に、普遍性に結びつくのか——本書の特徴は、そんな理想への道程を、哲学の本質を損なわぬまま現代的かつ日常的な語で示そうと努めたことだ。従来「他者(他人)」と書いて済まされた概念を「観光客」に譬(たと)え、「二次創作」「肉体関係が先(の愛)」等の言葉で補強して、難解さに自閉しがちな哲学を、著者自ら「ふまじめさ」を行使し日常の場に誘(いざな)ってゆく。その態度には、気鋭の思想家としてデビュー以後、数多(あまた)の賞賛(しょうさん)と無数の反発の波に洗われながら、錚々(そうそう)たるゲストを揃(そろ)える言論企業の経営を手がける今に至った著者の人生すら詰まって見える。哲学書として、啓発書として、そして来歴を知る者には自伝的にすら読める、「ふまじめ」な読者も歓迎のまじめな一冊。
 市川真人(批評家・早稲田大学准教授)
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 株式会社ゲンロン・2484円=2刷2万7千部 17年4月刊行。著者自身が立ち上げた出版社から刊行された、3年ぶりの単著。都市部の書店やネット書店でよく売れている。

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