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「共謀罪」 監視拡大、民主主義の危機

「共謀罪」法案に反対する人たち=5月、東京・永田町

 5月23日に衆議院を通過した組織的犯罪処罰法改正案は、治安維持法下の捜査がすべて適法だとする法相の答弁、参議院でも法相の事実上の答弁拒否や首相による法相の発言阻止などの異常事態に遭っている。
 法案の内容や審議過程に対しては、国連特別報告者からの質問状が国連ウェブサイトに掲載されたが、政府は回答せず、抗議の暴挙に出ている。海外主要メディアも、日本の国会運営や犯罪捜査を疑問視している。

テロとは無関係

 政府は同法案を「テロ等準備罪」処罰法案と呼ぶが、その内容が明らかになった当初、テロの文言は全く含まれていなかった。その後「テロリズム集団その他」が加えられたが、テロ対策の内容が1カ条もないことには変わりがない。
 日本はテロ対策主要13国際条約をすべて批准し、国内法整備を終えている。特に、東京五輪開催決定後の2014年に改正したテロ資金提供処罰法で、組織的なテロの準備行為は包括的に処罰対象である。今般の法案が付け加える内容は皆無である。
 しかも、政府は同法案が国連国際組織犯罪防止条約の批准に必要だとするが、同条約は利益目的組織犯罪に対処するものであってテロには関係がない。国連の公式立法ガイド執筆者もその旨を明言し、日本は現行法のままで批准できるとする。
 条約は網羅的な共謀罪処罰を義務づけておらず、国内法の基本原則に従った犯罪対策を要請するにすぎない。共謀罪処罰発祥の地である英国でさえ、一定の人的範囲を適用除外としているし、米国にも一般的な共謀罪処罰のない地域がある。
 日本の場合、明治以来の伝統的組織犯罪対策である「共謀共同正犯」の法理(複数人で共謀し、1人が犯罪行為に出ると全員犯人となる)と、諸外国よりも広範な予備罪・危険犯(危険物等の取り扱い)などを組み合わせれば、条約には十分対応できる。この点は、過去に3度廃案となった共謀罪法案に関する海渡雄一・保坂展人『共謀罪とは何か』が明確に示している。

背景に米の圧力

 では、テロ対策にも条約締結にも必要のない立法がなぜ、国会で十分な議論もないままに押し通されようとしているのか。
 背景には、02年以降、犯罪の件数が半数未満に減少した一方で、人員が2万人増員されて仕事のない警察が権限拡大を強く求めていることと、米国の圧力とがあるとみられる。
 エドワード・スノーデンほか著『スノーデン 日本への警告』(集英社新書・778円)の指摘どおり、米国の諜報(ちょうほう)機関では日本語を十分に扱えないため、日本の警察が市民を監視して得た情報を入手できれば好都合である。すでに、米国は日本にそのための技術システムを提供したとされる。
 米国の利益が本法案の背景にあることは、平岡秀夫・海渡雄一『新共謀罪の恐怖』にも詳述されている。本来、日本の刑法体系からすれば、国連条約締結のためには、ドイツなどと同様に、共謀罪ではなく結集罪の処罰を(破壊活動防止法や暴力団対策法などを改正し)狭い範囲で設ければ足りた。それなのに犯罪の計画・準備段階にまで極端に捜査権限を拡大する法案が出されたのは、監視を広げるためにほかならない。元警察職員執筆の原田宏二『警察捜査の正体』は、自身の経験から、現在でも人々の通信記録が収集され、社会の至るところに公安警察が密(ひそ)かに入り込んでいるとしている。
 法案が設ける277の犯罪類型は、国連条約の趣旨に反し、警察の職権濫用(らんよう)・暴行陵虐罪や商業賄賂罪を除外している。あらゆる問題を国民に秘匿したままの立法は民主主義への挑戦である=朝日新聞2017年6月11日掲載