「江戸本」プレミアム

「花の力」を信じることは「人の心」を信じること~野村萬斎さんに聞く【EDO-BON premium 4】

2017年06月30日

狂言師・野村萬斎さん/のむらまんさい●1966年東京都生まれ。人間国宝の祖父・故六世野村万蔵と父・野村万作に師事し、3歳のときに「靱猿」の子猿役で初舞台を踏む。以後、能・狂言だけでなく舞台や映画などにも出演。その一方で古典芸能と現代劇の融合を図った舞台の演出や構成なども手がけてきた。2002年からは世田谷パブリックシアター芸術監督を務める。主な映画作品に『陰陽師』シリーズ(01・03)、『のぼうの城』(12)、『スキャナー 記憶のカケラをよむ男』(16)などがある。重要無形文化財総合指定者。

 全国で公開中の映画『花戦さ』。秀吉ら時の権力者と花の力で対峙した実在の花僧・池坊専好を好演しているのが、狂言師の野村萬斎さんだ。天真爛漫な専好に狂言に登場する人物たちとの共通点を感じたという萬斎さん。作品への思いを聞いた。

 あの秀吉を巨大な松のいけばなでもてなしたという史実が残る初代・池坊専好は、戦国時代末期に実在していた花僧です。もちろん、池坊のことは以前から知っていましたが、その家元が僧籍にあることは今回初めて知りました。
 専好が執行(住職)を務めていた京都・頂法寺六角堂に実際に伺ってみたら、ビルに囲まれた街の真ん中にあって、みんなショートカットするためにそのお堂を通り抜けていくんですよ。京都のお寺というからにはもうちょっと厳格なイメージかなと思っていたのですが、とても親しみやすいお寺だなぁと思いました。昔から町の人たちが気軽に立ち寄れる、心の拠り所のような場所だったのでしょうね。そんなお寺で花を生けていた池坊専好という人もきっと町衆に愛された人物だったのだろうと思いました。

■少年のように無垢な存在

 史実が残っているとはいえ、映画の中の池坊専好は、脚本家・森下佳子さんが造形した人物です。僕が脚本を読んでまず思ったのは少年のような人だということ。天才的な花人であり、もっと言えばお花があればごはんも食べなくていいくらいの〝花狂い〟です。さらに常に天真爛漫で、相手が信長であろうが秀吉であろうが関係ない。怖い物知らずなところがあるから、周りは大変です。
 以前僕が演じた平安時代の陰陽師・安倍晴明は狐のように全く表情を変えない人物でしたが、専好は花火のように表情が激しく変わる人物です。とにかく喜怒哀楽が激しくてハイテンション。目を輝かせたかと思えば、シュンとうちひしがれる。しかも思い立ったらすぐ行動に移すという設定なので、撮影中はずーっと走り回っていた気がします。
 僕自身は熟考したり逡巡したりすることが多いタイプなので、専好との共通点はあまりないように思いますが、太郎冠者など狂言に登場するキャラとは似ている気がします。純粋無垢というか即物的。でも、そういう人物の方がみんなから愛されますよね。

■心の花を開かせるために

 少年のように天真爛漫だった専好ですが、お寺の重要なポストを任されたり、茶の湯を通して交流を深めた千利休や幼なじみの町衆の死を経験したりするうちに、その表情はどんどん曇り、さらには雨模様にまで変化していきます。狂言ではあまり〝泣く〟という概念がないのですが、自分でも驚くほど自然に演じることができたのは、物語の頭から順番に撮影が進んだことと、本来の彼が思い切り笑う人物だったからではないかと思います。
 彼の涙の雨が降り止んだ時、それが天下人・秀吉と対峙する場面でした。僕はその時点で、専好の中には秀吉に対する恨みはもうなかったのではないか、と思っています。なぜなら、彼はひたすら「花の力」と、それを愛でる「人の心」を信じる人だからです。彼の目的は秀吉を打ち負かすことではなく、自分がいけた花によって秀吉の心の花を開かせること。そこにこそ花人・池坊専好の真骨頂があるのではないでしょうか。
 常に花を俯瞰しながら生きてきた彼は、花にもいろいろな花があることをよく知っています。「毒があっても、それも花やろ」という専好の台詞がありますが、その言葉には毒のある花でも、花は花。花としての優劣はないんだ、という思いが込められています。そして、それは人間も同じであって、秀吉であろうと町衆であろうと、人としての優劣はないという信念を持っている、それが池坊専好という人だと思います。

■向き合う人の心を映す花

 日本が面白い国だと思うのは、雅やかな貴族の時代ではなく、無骨な武人の時代にお花やお茶という文化が生まれたところ。能や狂言も貴族の世に武士が台頭してきた室町時代の発祥ですからね。
 僕はお花やお茶は向き合った人自身を映し出す、いわば鏡のようなものだったのではないかと思っています。武人は常に生と死について考えざるを得ない境遇であり、しかもその答えは人それぞれ。だからこそ人の心を映し出すことのできる、余白の多い文化が必要とされたのではないでしょうか。お金をかけてド派手に仕掛ける文化が好まれるようになる元禄時代以前は、文化とはそういうシンプルな構造だったと思います。
 お花やお茶で時の権力者と対決した専好や利休は、彼らと対等に渡り合うくらいの強い気概を持っていたでしょうね。逆にそうでなければ、今の世にまで受け継がれる文化には成り得なかったと思います。 (談)

【EDO-BON premium 4】
・川開きの花火大会に江戸っ子は大興奮!
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900004.html
・「花の力」を信じることは「人の心」を信じること~野村萬斎さんに聞く
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900005.html
・豪華キャストと美しい花で彩る 前代未聞の歴史秘話~映画『花戦さ』
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900006.html
・本を片手に出かけよう~江戸本散歩 上野・浅草
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900007.html
<本>
・御上覧の誉--入屋用心棒 37
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900008.html
・曼珠沙華--新・知らぬが半兵衛手控帖
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900009.html
・覚悟の紅--御広敷用人 大奥記録(12)
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900010.html
・居酒屋お夏 七 朝の蜆
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900011.html
・敵の名は、宮本武蔵
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900012.html
・いっきに学び直す日本史 古代・中世・近世 教養編/近代・現代 実用編
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900013.html
・なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか 落語に学ぶ「弱くても勝てる」人生の作法
http://book.asahi.com/reviews/column/2017062900014.html

関連記事

ページトップへ戻る