「江戸本」プレミアム

本を片手に出かけよう~江戸本散歩 上野・浅草【EDO-BON premium 4】

2017年06月30日

広重の描く江戸時代の上野不忍池 「東都名所 上野山王山・清水観音堂花見・不忍之池全図・中島弁財天社」(一部)

上野~浅草 江戸本散歩地図

広重の描く江戸時代の浅草寺 「東都名所 浅草金竜山」(一部)

写真上から 上野公園内の彰義隊墓所(左) / 広重「上野山内月のまつ」(中)を復元した清水観音堂の「月の松」(右) 浅草雷門(左)/ 「池波正太郎記念文庫」のある台東区立生涯学習センター(中)/ 浅草寺内「半七塚」(右) 下谷神社の鳥居(左)/西浅草一丁目にある「東本願寺」(中)/隅田川にかかる吾妻橋(右)

勝海舟銅像

西郷隆盛像

 「花の雲 鐘は上野か浅草か」……。遠くに聞こえる時の鐘は上野寛永寺のものだろうか。浅草寺の鐘だろうか。都会の喧騒で聞こえる訳もないが、芭蕉になった気分で上野の山から浅草までぶらり歩く「江戸本散歩」。江戸の趣を色濃く残した町々は、時代小説や歴史本の楽しさを再確認させてくれた。

■江戸を救った幕末の英雄像を訪ねて、上野のお山から隅田川のほとりまで。

 西郷隆盛と勝海舟──。官軍と旧幕府の命運を賭けた2人の談判によって「江戸無血開城」は成し遂げられた。この英断がなければ江戸市中は戦場となっていたかもしれない。2人の運命はその後大きく分かれたが、今は3キロ程しか離れていない場所にそれぞれの銅像が立っている。上野から浅草方面へ、2体の像を訪ねて歩いてみる。

■上野戦争の名残を訪ねる
 
 上野公園はJR上野駅西側の高台に広がっている。最後の将軍・徳川慶喜は、鳥羽伏見での敗戦後、ここ「上野のお山」の寛永寺に蟄居し謹慎した。江戸城明け渡しの日には水戸に落ちのびたが、将軍警護隊「彰義隊」は解散命令に従わず、境内に立てこもった。現在交番がある入り口周辺では、取り囲んだ官軍ともっとも激しい戦闘が繰り広げられた。不忍池越しに本郷台地から大砲が打ち込まれ、彰義隊は半日で全滅。江戸城は無血で明け渡されたが、ここ上野の山では、多くの血が流されることになった。
 「上野戦争」周辺を題材にした小説は数多い。官軍の指揮官・大村益次郎の生涯を描いた『花神』(司馬遼太郎)、寛永寺山主・輪王寺宮能久を主人公にした『彰義隊』(吉村昭)、そして、江戸城に居座る一人の旗本が勝安房守(海舟)や西郷隆盛らを巻き込み武士の本分を問う『黒書院の六兵衛』(浅田次郎)などがあげられよう。
 長い石段を登り切ると、右手に西郷隆盛像が見えてくる。その北側には少し離れて「彰義隊墓所」が、西郷さんと同じ向きで立っている。

■上野の歴史は徳川家の歴史
 
 かつて寛永寺の境内地は、現在の上野公園(総面積約 万平方メートル)のほとんどを占めていた。徳川家の菩提寺として随一の格式と規模を誇ってきたが、上野戦争で大部分の建物を焼失、彰義隊をかくまったかどで、境内地は新政府に没収された。敷地は後に現在の上野恩賜公園として生まれ変わり、寛永寺は現・東京国立博物館の北側に再建を許された。慶喜が謹慎していた大慈院「葵の間」は今も大切に保存され、特別参拝日に事前申込者に限り公開されている。
 公園付近で史跡以外で立ち寄りたいのが、不忍池南東にある「下町風俗資料館」。再現されている商家や長屋は大正時代の建物だが、江戸下町の暮らしが実感でき、読書を楽しむ上での良い資料となるだろう。

■鬼平と捕物帳の故郷 浅草から吾妻橋へ

 仏壇仏具店が軒を並べる浅草通りは、別名「仏壇通り」とも呼ばれている。お線香の香りが漂う通りを上野から東に進むと、右手に下谷神社の赤い鳥居が見えてくる。都内でもっとも古いお稲荷さんとして知られているが、境内の石碑によると、江戸時代最初の寄席興行が行われた地でもあるという。
 さらに東に向かい、葛飾北斎の墓を祭る誓教寺をみつける。九十数回もの転居の末、浅草で没した北斎が「富嶽三十六景」で描いた「浅草本願寺」とは、ここから歩いて10分ほどの東本願寺のことである。先ほど上野公園で墓所に詣でた彰義隊が結成されたのは、この東本願寺でのことであったという。
 
■池波正太郎のすべてがここに

 かっぱ橋道具街を北へ。「台東区生涯学習センター」1階の区立中央図書館には「池波正太郎記念文庫」が併設されている。浅草に生まれ育った池波正太郎の自筆原稿、机や万年筆など数々の遺愛品で復元された書斎の展示のほか、代表作「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」のコーナーが常設されている。今年は「鬼平」誕生50年にも当たり、企画展・講演会などが随時開催されている。池波ファンにとっては一度は訪れたい「聖地」といえるだろう。
 浅草は捕物帳発祥の地でもある。その証しを求めて浅草寺境内に入る。五重塔近くの境内で数々の石碑の中から「半七塚」を探し出す。半七とは、岡本綺堂の時代小説『半七捕物帳』のこと。1917(大正6)年「半七」が発表されて以来、『銭形平次捕物控』(野村胡堂)、『人形佐七捕物帳』(横溝正史)など数々の連作捕物帳が生まれた。石碑裏面の刻字は風化してほとんど読めないが、資料によると「半七は生きてゐる」とあり、江戸川乱歩、山岡荘八、吉川英治など、昭和のそうそうたる作家の名前が並んでいるという。今日の時代小説の人気をみると、確かに「半七はこれからもずっと生き続ける」に違いない。
 観光客に混じって仲見世を楽しんでから、雷門を出て雷門通りを東へ向かう。吾妻橋で隅田川を渡り、左手の墨田区役所を目指すと、やっと勝海舟像に会うことができる。
 上野から大川越えの長距離散歩。喉も渇いてしまった。吾妻橋のランドマークとなった金色のオブジェの下は、お膝元のビール会社直営のビアハウスになっているらしい。ゴールした後は、幕末の江戸を救った2人の英雄に、乾杯を捧げることにしたい。

■西郷隆盛像と勝海舟像

 西郷隆盛像は1898(明治31)年落成。身長約3.6m。西南戦争では朝敵とされたことから、上野公園の銅像製作では軍服の正装姿が許されなかったという説がある。

 勝海舟銅像は墨田区役所うるおい広場に2003年の「海の日」に生誕180年を記念して落成。右手は「咸臨丸」が目指した太平洋の彼方を指している。身長約2.5m。

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