著者に会いたい

夫・車谷長吉 高橋順子さん

2017年07月02日

高橋順子さん=東京都中央区築地、郭允撮影

■「書いてしまえ!」けしかけられて

 一昨年、69歳で急逝した車谷長吉さんは、容赦のない私小説で人を傷つけるのみならず、エッセーにも平気でうそを盛り込み、しばしば筆禍を招いた。加えて強迫神経症を患い、自分で自分を激しく苦しめる姿に、見守る詩人の妻も苦しむ。「壮絶な」と言いたくなる結婚生活を振り返っているのだが、どこか恬淡(てんたん)として、すがすがしくさえあるのが不思議だ。
 「詩を書くって、地面から浮き上がっているようなところにいるんですね。だから現実だと思えなかったのかな。その通り書いたら詩になるんですから」。夫の神経症を書いた詩集『時の雨』では読売文学賞。書かれた夫は「われながら鬼気迫る」と評価し、ともに喜んだ。物書き同士、互いを認め合う夫婦でもあったのだ。
 40代半ばに出会い、夫48歳、妻49歳での初婚。なぜ結婚したのかインタビューで聞かれ、「この人を見届けようと思った」と答えると「車谷はいやな顔をしていた」そうだが、残念なことに、その通りになってしまった。
 執拗(しつよう)に手を洗い続けて水道料金が四倍近くにもなったり、足裏に付喪神(つくもがみ)がついたと言って家中を拭いたり、神経症の症状は深刻な一方で、校正の請負仕事をしているところに「殿、内職でござるか」と声をかけると「藩の財政が逼迫(ひっぱく)しておってな」と答えるなど、変にユーモラス。「クスッと笑っちゃう。かわいらしいところがあるんです」。実は、車谷さんは漫才師になりたかったそうなのだ。だから漫才師で芥川賞を受けた又吉直樹さんに「嫉妬したでしょうねえ。生きていたら」と言う。
 晩年、次第に心身が衰える様は痛々しい。亡くなった原因は誤嚥(ごえん)性の窒息だが、何を詰まらせたのか、「手首に数珠を巻いて」ワープロを打ち、初めて明かした。気配が残る家で書いていた10カ月ほど、「書いていいのかびびると、書いてしまえ!とけしかけられるような感じだった」という。ゆえにこの本は「車谷との共著」。生まれ変わったら、また車谷さんと? と聞くと即座に、「いや、それは結構です」と笑って答えた。
 (文・大上朝美 写真・郭允)
    ◇
 文芸春秋・1728円

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