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ボクたちはみんな大人になれなかった [著]燃え殻

2017年09月10日

■匿名でつむぐ記憶への共鳴

 スマホで書かれた小説が評判だ。読了後、改めてオビでの各界有名人のコメントをみる。女優・吉岡里帆以外、全員が男。男こそ回想が好きで、泣き虫なんだな。文中にも「男は過去の自分に用がある、女は未来の自分に忙しい」とあった。
 電算写植職人が体に潜んでいた言葉を爆発させ小説をなした中島らも『永遠(とわ)も半ばを過ぎて』の言及。主人公「ボク」もTV映像用のテロップを作る下請けに従事し、他人の言葉でいっぱいだ。それが本作の内容となって爆発した。人生体験の場として描かれるエクレア工場、テロップ制作会社等の詳しさから、自伝性が知れる。サブカルの話題、1990年代からの日本全体も背景に。だから一個人史が団塊ジュニア「みんな」の記憶となった。
 自伝的回想を映像化したF・トリュフォー監督の「ドワネルもの」連作をおもった。99年夏に別れたが今もボクが心を寄せる「ブス」のかおり、一過的に登場する風俗嬢のスー、女優志望のチヒロ……それら女たちが「溶け」、主人公に慚愧(ざんき)を迫る経緯が「ドワネルもの」の終編「逃げ去る恋」に似る。時制シャッフルを繰り返し、ラスト近く、それまでの記憶を小説自体が走馬灯のように反芻(はんすう)するくだりが「大人泣き」(オビより)を呼ぶのだろう。
 名前と代名詞の小説。女たちはみな、筆名、源氏名、ネット上のハンドルネームで登場する。やがて本名の判明する女、ついにわからない女、わかっても別名使用の痕跡のある女。そんな罠(わな)が仕掛けられるが、これが匿名同士でつながる現在と共鳴する。ただしボクだけには名前がないし、作者名「燃え殻」もハンドルネームのままだ。
 かおりの言葉、「きっと男の子が全員、男になれるわけじゃないんだよ」。フェイスブックで改めて友達になった現在のかおりは、ボクの卑俗な男性性に「ひどいね」の評価を刻んでゆく。かおりは少年性の守護者だった。だから愛されたのだ。
 阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)
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 新潮社・1404円=4刷7万4千部 17年6月刊行。東京都内で働く会社員が初めて書いた恋愛小説。「ロスジェネ世代の男性層と20代女性を中心に売れている」と担当編集者。

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