悩んで読むか、読んで悩むか

あらゆる比較を絶する物語を 穂村弘さん

2017年10月01日

ほむら・ひろし 62年生まれ。歌人。『鳥肌が』で講談社エッセイ賞。『野良猫を尊敬した日』など。

■相談 友人を見てみじめな気持ちになる

 何事も他人と比較して、勝手にみじめな気持ちになってしまいます。特に恋愛は、生まれてこのかた彼女ができたためしがありません。焦る必要もないとは思うのですが、恋愛を楽しんでいる同年代の友人を見ていると「自分はこのままでいいのだろうか」と不安になります。他人と比較せず、自分らしく生きていくために何かヒントがほしいです。
 (大阪府、大学院生 男性・22歳)

■今週は穂村弘さんが回答します

 他人は他人、自分は自分、と思おうとしても、つい比較してしまいますよね。彼女がいる方がいいとか、貯金は幾(いく)らあるのが普通とか、私たちは社会的な常識や価値観にどうしても縛られてしまう。でも、そのような地上の法則を束(つか)の間でも消し去るような、あらゆる比較を絶するような、特別な物語があります。
 「蓑浦君、僕たちはもう再び地上へ出ることはない。誰も僕たちを見ているものはない。僕たち自身だって、お互いの顔さえ見えぬのだ。(略)いま僕らには羞恥(しゅうち)も、礼儀も、虚飾も、猜疑(さいぎ)も、なんにもないのだ。僕らはこの闇の世界へ生(うま)れてきた二人きりの赤ん坊なんだ」
 江戸川乱歩の傑作と云(い)われる『孤島の鬼』です。ここには最高の美しさと最高の醜さがシェイクされた世界が描かれています。平凡な主人公が恋人を殺される事件に巻き込まれる。それからは特異な体験の連続です。灰になった恋人を食べる、復讐(ふくしゅう)の誓い、同性愛、連続殺人、近親相姦(そうかん)、地下迷路の彷徨(ほうこう)、フリークスの製造などによって滅茶苦茶に翻弄(ほんろう)されまくる主人公の姿を見ているうちに、不思議なことに腹の底から捨て身の活力が湧いてくるようです。
 どんなに暗黒の世界を描いていても、その底に乱歩特有のたまらなく無垢(むく)な心が流れているんです。
 〈母というのは女のやさしい人だということですが、わたしには母というものが少しも考えられません。母と似たもので、父というのがあるのも知ってますが、父のほうは、あれがそうだとすると、二へんか三べんあいました〉
 〈タコというのは、どんなかたちですかと尋ねますと、足の八つあるいやなかたちの魚だといいました。そうすると、わたしは人間よりもタコに似ているのだとおもいました〉
 生まれた時から土蔵に閉じこめられて、たった三冊の本から文字を学んだ女の子の言葉に胸をうたれます。私は、世界がこんなにとんでもない場所ならどう生きても自由なんだ、という勇気のような気持ちを抱きました。
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 次回は精神科医の斎藤環さんが答えます。
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 ■悩み募集
 住所、氏名、年齢、職業、電話番号、希望の回答者を明記し、郵送は〒104・8011 朝日新聞読書面「悩んで読むか、読んで悩むか」係、Eメールはdokusho−soudan@asahi.comへ。採用者には図書カード2000円分を進呈します。穂村さんと斎藤さん以外の回答者は次の通り(敬称略)。石田純一(俳優)、荻上チキ(評論家)、壇蜜(タレント)、三浦しをん(作家)、水無田気流(詩人)、山本一力(作家)、吉田伸子(書評家)。

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