速水健朗の出版時評

新本格ミステリ30年 エンタメ全般の礎に

2017年10月01日

『十角館の殺人』(講談社文庫・810円)と『7人の名探偵』(講談社ノベルス・1080円)

 「新本格ミステリ」の誕生から30年。端緒となった綾辻行人著『十角館の殺人』の刊行が1987年9月のこと。これをうけてのフェアが開催され盛況を見せ、「新本格」のアンソロジー『7人の名探偵』も重版がかかるヒット。
 綾辻に続く形で我孫子武丸、有栖川有栖、歌野晶午、法月綸太郎、北村薫、山口雅也、麻耶雄嵩らが登場。間を置いて京極夏彦、西澤保彦、森博嗣らがデビューした。同時期に登場し、作品的な共通点も持つ彼らは「新本格」の作家と呼ばれることになった。
 『十角館の殺人』は、孤島の風変わりな建築物の中で起こる密室殺人ものだった。現代社会のゆがみを犯罪小説に結びつけた「社会派ミステリ」(代表的作家は松本清張)が主流の時代に逆行したのが「新本格」である。アガサ・クリスティーやエラリー・クイーンら本格推理作家のスタイルに近い。綾辻以外の新本格の作家たちも、孤島や邸宅、探偵といったアイテムを登場させることに躊躇(ちゅうちょ)がなかった。
 だが新本格ミステリは単なる「回帰」ではなかった。ミステリ評論家の千街晶之は、「新本格推理とは『ミステリとは何か?』『謎とは何か?』と分野そのものを問い続けた存在」と指摘する。
 彼らは探偵小説の「型」にこだわって描き、さらにはそれを壊していった。文章のミスリードを誘って読み手をだます叙述ミステリは、新本格によって進化を始めた。また幻想文学やSF、ホラーなど他ジャンルとミステリの融合も進んだ。日常の謎を説く日常ミステリも生まれた。さらにはリアリズムでなければ成立しない探偵小説に超常現象を描くという倒錯した手法も登場させている。
 これらは斬新ではあったが、その後の小説においては当たり前のものとして定着する。現在のライトノベルを含む複雑化、多様化を特徴とするエンターテインメント全般が「新本格」の礎の上に生まれているとすら言える。
 限定版も刊行された『十角館~』は、30年の歳月をかけて累計100万部。幸せなベストセラーだ。

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