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アナログ [著]ビートたけし

2017年10月29日

■デジタル時代に問う純愛

 テレビでのビートたけしの魅力は、洞察力のある社会批評とともに、それを語るときの照れにある。これが彼の二重性の「動態」を作る。むろん漫才で培われたものだ。漫才の基本もフリ/オチの二拍子。二進法を基本にした「デジタル」のリズムに似る。北野武名義の映画にあるのも、ほぼ同じ律動だ。
 その彼が何と『アナログ』と題する純愛小説を書いた。本作をめぐってはネットに又吉直樹との対談「笑いと純愛」がアップされている。たけしが又吉の屈折に富んだ文章の文学性を評価、自分はそれを実現できないと語っている。結果、彼は意図的に、主人公・悟が恋に落ちる相手役・みゆきの身体や仕草(しぐさ)を描写しない。文体も映画脚本のト書きのような簡潔さだ。
 携帯で連絡をとりあうデジタル時代のつきあいではなく、約束の木曜日、喫茶店で会えればただ会う(肉体関係もない)アナログ志向のデート。悟は内装デザイナーで、ホテルのエントランス等の設計でもコンピューターを使わない、スチレンボードによる縮小模型のアナログ性にこだわる。たけしはそうしてアナログの価値を復権させようとしているのか。
 実はアナログとデジタルの調和こそが志向されている。悟の悪友たちの下ネタも入った漫才的なやりとりがデジタルな一方、アナログ的な抒情(じょじょう)も印象に残る。施設で暮らす悟の実母の危篤の報が入って小説は完全に涙だらけになる。映画「アウトレイジ」シリーズの惹句(じゃっく)「全員悪人」が本作では「全員善人」に変貌(へんぼう)する。クライマックス。突然デート場所にみゆきが来なくなる。たけし的な「母恋」の対象ともいえた彼女は一体誰だったのか。いま何をしているのか。諦めるのか。
 定番的な物語を救うのが、細部の簡潔さと調和だろう。この点が読者からの愛着を呼んでいるはずだ。調和の証拠。本作は「悟は(略)またコンピューターに向かった」というデジタル志向の一文で終わるのだ。
 阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)
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 新潮社・1296円=5刷10万3千部 17年9月刊行。著者は70歳。ノートにボールペンで書き、4冊目になったところでワードに打ち込んでいった、と又吉氏との対談で語っている。

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