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角田光代さん、池澤夏樹さん 源氏物語を「普段着の天女」に

かくた・みつよ 1967年、神奈川県生まれ。2005年、『対岸の彼女』で直木賞。07年、『八日目の蝉』で中央公論文芸賞。他に『まどろむ夜のUFO』など著書多数。=槌谷綾二撮影

 「日本文学全集」第4巻『源氏物語 上』(河出書房新社・3780円)の現代語訳を手がけた角田光代さんと、全集の個人編集を務める池澤夏樹さんによる対談「『源氏物語』を訳すということ」が今月、大阪市北区の中之島会館であった。すでに多くの先行訳がある源氏物語を、どのような方針で訳したのか。その思いや苦労を語り合った。

取り払った敬語・サクサク読める文体

 対談は、角田さんが自ら訳した第9帖「葵(あおい)」を朗読することから始まった。
 「いいですねえ」と思わずうなった池澤さん。東日本大震災を経て、なぜ昔の人は災害が多いこの国で暮らし、何を考えていたのか。「日本人を、鏡に映して見てみたくなった」と、文学全集を作り始めた理由を語った。日本人とは何かを知りたくてやる以上、古典から順にたどる必要があり、その中でも一番大きな仕事が『源氏物語』の訳だったという。角田さんに依頼した理由は「源氏物語と角田さんの小説の印象が、どこかでつながっている。そんな勘みたいなものがあった」と説明した。
 角田さんは、最初に依頼を受けた時、「源氏物語は長いし、古文の教養も関心もない。とても無理だろうと思った」と明かしたが、「でも、私が唯一サイン本を持っているのが池澤さん。引き受けないわけにいかなかった」と会場を笑わせた。
 訳すのに一番大変だったのは、「源氏物語に何の思いも抱いていなかったので、まずは立脚点を見つける必要があった」ことだ。女性の気持ちを前面に押し出す、日本語の美しさを表現する——。与謝野晶子、谷崎潤一郎、瀬戸内寂聴ら、これまでの訳者には「源氏物語への愛にもとづく立ち位置があった」。
 大きなプレッシャーの中、様々な試行錯誤をした結果、「何を書いても、すでにある素晴らしい訳はあり続けるのだから、みんなが読みたい訳を読めばいい。そう思ったら、気が楽になった」という。伝えたいと思ったのは「うねるようなストーリーの面白さ」。「自分は小説を書きたい」と気付いた時、地の文から敬語を取り払い、誰が今、何をしているかを明確にすることに決めたと明かした。

いけざわ・なつき 1945年、北海道生まれ。88年、『スティル・ライフ』で芥川賞。2010年度の朝日賞。本紙の連載「終わりと始まり」などの評論でも活躍する。=槌谷綾二撮影
いけざわ・なつき 1945年、北海道生まれ。88年、『スティル・ライフ』で芥川賞。2010年度の朝日賞。本紙の連載「終わりと始まり」などの評論でも活躍する。=槌谷綾二撮影

 池澤さんは「角田さんの文体によって、源氏物語が小説になった。サクサク読めて、読者が構えなくていい」と評価。「三島由紀夫は安易な現代語訳に反対し、古典を天女のようにあがめた。でも、僕は天女と一緒に暮らしたい。ひらひらの衣装ではなく、セーターとジーンズに着替えてください、というのが現代語訳の考え方」と話すと、角田さんは「私は、天女をもっとカジュアルな、短パン、ランニング姿にしてみた」と応じ、笑わせた。
 1千年以上、読み続けられてきた源氏物語。角田さんは、今回の現代語訳を通じ、小説は誰が作るものかということへの考え方も変わったという。「以前は作者が作るものと思っていたが、書き手が立ち入れるのは3割程度。あとは小説自身と、時代に応じた読み手が力をあわせて完成させていく」。池澤さんは「だからこそ、どんな作品でも、読み手が読めないと意味がない」と応じた。
 今後、中巻と下巻の発売も控える。角田さんが「(東京)オリンピックよりは早く出したいと思います」と冗談めかすと、池澤さんはこう会場に呼びかけた。「源氏物語はこれだけ厚いのに、何度読んでもはまる。しっかり血肉になったあとで中巻が出るという仕掛けにしてあるので、期待してください」(渡義人)=朝日新聞2017年10月29日掲載