人間の善行……功徳からエネルギーを生み出すことに成功した人類は、徳エネルギーによる理想社会を築こうとしていた。だが突如として起こった徳エネルギーの暴走……徳カリプスは人類の7割を一瞬で解脱させ、徳エネルギー文明を滅亡させてしまう。アフター徳カリプス14年。生き残った人々は、全人類を強制解脱させようとする自律機械・得度兵器におびえつつ、旧文明の遺産に頼ってかろうじて生をつないでいた。……いきなり何を言い出したのかと思われそうだが、これが碌星(ろくせい)らせん『黄昏(たそがれ)のブッシャリオン』の世界観だ。
SFにはサイバネティクス技術が高度に発達した未来を描くサイバーパンクというサブジャンルがある。ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』(ハヤカワ文庫)を代表作に、日本発の作品でも『攻殻機動隊』などが現在も人気だが、さらにここからいくつものサブジャンルが生まれたことでも知られている。たとえば高度に発達した蒸気機関文明を描くスチームパンクなどだ。そして本書『黄昏のブッシャリオン』といえば、徳パンク……つまりは仏教版サイバーパンクである。
ガンジーとクーカイなる徳ネーム(徳を高めるため歴史上の偉人にあやかった名前)をもったふたりの採掘屋が廃虚となった古寺をあさり、徳エネルギーを生み出す徳ジェネレータの「燃料」となるソクシンブツ……徳の高い僧侶の遺体を発見して、ハイタッチ、という冒頭から始まって、野生化して人を襲う大仏、仏舎利を動力源としたサイボーグ・舎利ボーグと次々に冗談めいたガジェットが登場するが、語り手はあくまでも大真面目。半笑いで読んでいる読者を、いつしか奇天烈(きてれつ)な世界の虜(とりこ)にする力がある。
『ニューロマンサー』の物語が未来の千葉から始まったように、実はサイバーパンクは日本とも関わりが深い。古橋秀之『ブラックロッド』(電撃文庫)やブラッドレー・ボンド、フィリップ・ニンジャ・モーゼズ『ニンジャスレイヤー』(KADOKAWA)など東洋とサイバーパンクの組み合わせも多くの名作を生んできた。本作と碌星らせんは、そうした伝統を受け継ぐ期待の新星になってくれそうだ。=朝日新聞2017年10月29日掲載
編集部一押し!
- インタビュー 恩田陸さん「spring」 バレエの魅力、丸ごと言葉で表現 朝日新聞文化部
-
- ニュース 本屋大賞に「成瀬は天下を取りにいく」 宮島未奈さん「これからも、成瀬と一緒なら大丈夫」(発表会詳報) 吉野太一郎
-
- インタビュー 北澤平祐さんの絵本「ひげが ながすぎる ねこ」 他と違うこと、大変だけど受け入れた先にいいことも 坂田未希子
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- BLことはじめ BL担当書店員が青田買い!「期待のニューカマー2023」 井上將利
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社