手塚治虫生誕90周年

2017年、マンガの神様 生誕90周年へ! 手塚プロダクション松谷社長インタビュー

2017年11月08日

 

手塚治虫生誕90周年を前に手塚治虫のこころを守り伝えていきます

 僕が手塚治虫のマネージャーになったのは28歳のとき。ちょうど『ブラック・ジャック』が始まったころですよ。少年誌(週刊少年チャンピオン)なのに大人が主人公、しかも医者でしょう。「大丈夫かな?」と思ったけど、ご存じの通り大ヒット作になりました。何がすごいって、毎回20ページの読み切りで週刊連載。あんなこと、手塚治虫にしかできませんよ。そうこうしているうちに『三つ目がとおる』(週刊少年マガジン)も始まった。当時よく言われたのは「片手で食べられるものを買ってきて」と、「15分経ったら起こしてください」。ろくに食事や睡眠の時間も取れない毎日でした。
 それなのに決して妥協しない。ある日、あと1ページで『ブラック・ジャック』が上がるというとき、「今回の話はどうですか」とアシスタント全員に聞いたんです。一人、空気の読めないヤツがいて「イマイチですね」と言っちゃった! 夜中の1時くらいだったのに、「頭から描き直す。朝の8時まで時間をください」と。怖くて有名な「チャンピオン」の編集長(壁村耐三氏)に電話すると、「ふざけんじゃねえ!」と怒鳴られガチャンと電話を切られましたよ(笑)。それでも、朝8時には約束通り原稿を上げました。
 すべての手塚作品の根底には「戦争がいかに悲惨か」「命がいかに尊いか」というメッセージが流れています。それを子どもたちに伝えたいと必死に描き続けました。現在のようにマンガが〝文化〟として認められるまでに、手塚はたいへんな苦労をし貢献をしたと思います。若い人には、手塚のメッセージを意識して改めて作品を読んでほしいですね。できれば紙媒体で。手塚は常にページの左右を意識してコマを割っていましたから。(談)

株式会社 手塚プロダクション 代表取締役社長 松谷孝征

関連記事

ページトップへ戻る