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行動経済学 不合理な「人間」から考える

 太っている人を見て、「あの人は、合理的に太っている」と考えるのが伝統的経済学者である。つまり、人は食事をする時に、あと少し食べると太って将来の健康を悪化させるというコストと、おいしいものを今食べることの喜びを天秤(てんびん)にかけて、それが釣り合うように食事の量を決めているはずだからだ。しかし、それだと、痩せたいのについ食べ過ぎて太ってしまうという人の行動を説明できない。わかっているけれどやめられないという人間の行動を経済学にきちんと取り入れることに成功したのが行動経済学である。

次々ノーベル賞

 2017年のノーベル経済学賞は10日、シカゴ大学教授のリチャード・セイラーに授与される。行動経済学という新しい学問分野を発展させることに多大な貢献をしたことが理由だ。02年の行動経済学の創設者ダニエル・カーネマン、13年のロバート・シラーに続いてのこの分野での受賞ということになる。
 1979年にカーネマンと共同研究者のエイモス・トベルスキーが発表した論文から現代的な行動経済学の発展が始まったが、伝統的経済学は簡単には受け入れなかった。その頃の伝統的経済学者からの行動経済学への凄(すさ)まじい批判の様子を自伝であり行動経済学の発展の歴史でもある『行動経済学の逆襲』で「棒打ち刑」を受けたとセイラーは表現している。新しい学問の創設者たちの苦労は並大抵のものではない。そうした障害を乗り越えて、経済学の流れを変えることに大きく貢献したセイラーにノーベル経済学賞が授与されるのは当然だろう。
 セイラーは、伝統的経済学の人間像をエコンと呼び、行動経済学で対象とする現実的な人間像をヒューマンと呼んでいる。では、ヒューマンの特徴はなんだろう。

ヒューマンとは

 第一の特徴は、損失回避である。誰でも損失を嫌うのは当然だけれども、利得からの喜びに対して、損失を嫌う程度が非常に大きいという特性だ。
 第二の特徴は、現在バイアスである。私たちは、将来よりも現在のことを重視する。ダイエットを計画することはできても、実際にダイエットを始める時には、目の前のデザートを我慢することができないで、ダイエットを先延ばししてしまう。このように、計画を立てるのに先延ばししてしまうという意思決定の特徴を現在バイアスと呼ぶ。
 第三の特徴は、社会的選好である。ヒューマンは他人のことを考えたり、互恵性をもったり、不平等を嫌ったりする。自分の生活水準が同じであっても、他人の所得によって自分の満足度が異なってくる。
 これらの行動経済学的特性を豊富な例に基づいて説明しているのが、『ファスト&スロー』である。行動経済学で知られているバイアスがどのようにして定式化されていったのかを、行動経済学の創設者自らの素晴らしい文章で読むことができる。
 行動経済学をうまく使うと、選択の自由を維持したまま、私たち自身はよりよい選択ができるようになる。それが、軽く肘(ひじ)で押すという意味のナッジという考え方だ。選択肢の文章やデザインを変えてみるだけで、私たちは望ましい意思決定や行動をする可能性が高くなる。そのような仕組みを貯蓄や健康促進に使っていくことができる。米国のオバマ政権では、行動経済学者が政権に参加し、ナッジを政府の規制に取り入れた。『シンプルな政府』には、その具体例が描かれている。
 行動経済学は、私たち自身の生活をよりよいものに変えていくヒントに満ちている。一方、悪用する企業も多い。対策には、行動経済学を学ぶことが一番だ=朝日新聞2017年12月10日掲載