作家LIVE

66歳差、寂聴さんの秘書は見た 瀬戸内寂聴×瀬尾まなほ

2017年12月24日

せとうち・じゃくちょう 徳島県生まれ。東京女子大卒。1963年に『夏の終り』で女流文学賞。73年に中尊寺で得度する。98年に『源氏物語』現代語訳(全10巻)を完結。2006年に文化勲章受章。今年12月には長編小説『いのち』(講談社)を出した。<堀内義晃撮影>

 せお・まなほ 兵庫県出身。京都外国語大卒業と同時に寂庵に入り、その後、瀬戸内寂聴さんの秘書になる。寂聴さんと元厚生労働事務次官の村木厚子さんが呼びかけ人代表となり、貧困や性被害に苦しむ女性を支援する活動「若草プロジェクト」の理事も務める。<堀内義晃撮影>

 作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(95)と、秘書の瀬尾まなほさん(29)による「中之島どくしょ会」が11月下旬、大阪市北区の阪急うめだホールであった。瀬尾さんが寂聴さんとの日々をつづったエッセー集『おちゃめに100歳! 寂聴さん』(光文社・1404円)を出したのにあわせて開かれ、秘書になったきっかけや、笑いの絶えない日常生活などについて語った。
 ■笑い絶えぬ日常、作らずに書く
 寂聴さんと66歳離れた瀬尾さんが、京都・嵯峨野の「寂庵(じゃくあん)」に入ったのは2011年3月。きっかけは、寂聴さんとなじみのお茶屋さんで働く友人から、「ぴったりの仕事があるから、信じて」と何の情報もないまま勧められ、面接を受けたことだったという。
 「本当に尼さんということしか知らなかった」という瀬尾さん。寂聴さんは「私が小説家であることも知らないし、何を聞いてもトンチンカン。面白いから『じゃあ来てみる?』と言うと、びっくりしていた」と振り返った。
 瀬尾さんは、掃除やご飯の用意、スケジュール管理などに加え、寂聴さんの化粧の手伝いもするという。「よくおばあちゃんと孫みたい、と言われるけど、私にとって先生は先生。でも、『そういえば、95歳だったよね』と驚くほど気が若い」と話す。
 寂聴さんは「顔のマッサージをしてくれながら、『どうしてこんなに鼻筋がないんでしょうね』、なんて言うの」と笑ったが、「今日はどんな変なこと言うのかな」と思って過ごせるのが楽しいとも。「健康になるには、笑うのが一番。笑って朝が来ると、その日は一日いいことがある」と語った。
 瀬尾さんが本を書くきっかけは、寂庵で30年近く出している定期刊行誌に、寂聴さんとのエピソードを書いていたのが、出版社の目にとまったことだ。
 「こう書くとファンに怒られるだろうなとか、そういうことは気にせず、作らずに書く」と瀬尾さん。寂聴さんは「よく手紙もくれるが、思ったことをそのまま自分の言葉で書くのが新鮮でいい。うまい文章を書こうとか、そういうところがない」と評価した。
 本では、背骨の圧迫骨折や胆嚢(たんのう)がんなど、寂聴さんの近年の闘病生活にも触れる。寂聴さんは「88歳から病気をした。だから皆さんも気をつけて下さいね。88歳から年寄りになるのよ。87歳の人は、今を楽しんでおかなきゃ駄目ですよ」と呼びかけ、笑いを誘ったが、安保法制に反対する国会前の集会に駆けつけるなど、今でも精力的な活動を続ける。瀬尾さんは「先生は、いつも誰かのために行動して、自分の利益のために行動することが一切ない。あれこれ言わず、私にもやるべきことを姿勢で示してくれる」と話した。
 瀬尾さんも、貧困や虐待に苦しむ女性を支援する活動を始めている。寂聴さんからは「自分のことだけを考えていちゃ駄目。自分と世界、自分と日本ということをいつも意識して生きなさい」と言われたといい、「最初はどういうことかわからなかったが、自分より若い女の子が苦しんでいると、気が気ではなくなる。これが社会と関わるということなのかな」。
 寂聴さんは「今回の本は自分の身近なことしか書いてないけど、やがて大きなものが書けるようになるのでは」と期待する一方、「でも小説はちょっと無理かな」と、ちゃめっ気たっぷりに話した。会場から「あと10年生きるとしたら何がしたいか」と問われると、「やっぱり小説を書き続けたい。ほかに、何もできないものね」と語った。(聞き手・岡田匠、文・渡義人)

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