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銀河鉄道の父 [著]門井慶喜

2018年01月28日

■息子への思い、噴出する悲哀

 冒頭近く、幼い子らの声が隣室から聞こえてくる場面がある。どうやら兄の賢治が妹のトシに童話を聞かせてやっているらしい。部屋は真っ暗なのだから本の朗読ではない。すでに知っている話の再話なのか、それとも兄の賢治が一から作ったのか。翌日も学校があるから早く寝なさい、と叱ろうかとも思うが結局は叱責(しっせき)を思いとどまるとのシーンだ。父親の政次郎の述懐がそのあとに続く。
 「子供のやることは、叱るより、不問に付すほうが心の燃料が要る」
 あるいは後年、賢治から無心の手紙が来るくだりでは、「賢治の理想はおそらくこの土性調査の仕事を引き受け、月給をもらいつつ、しかも仕送りが継続されることだろう。これまでどおり金持ちの息子でいることだろう。賢治はただ人生の結論を先のばしにしたいだけなのだ」と手厳しい。結局は仕送りを続けることになるのだが、息子を手放しで信じているわけではないという父親の複雑な心理がそこにある。
 ここに、旧制中学に入った賢治の制服姿を初めて見た時の政次郎の感情の噴出を並べると、父親という生き物の哀(かな)しみが立ち上がってくる。そのとき政次郎は「話がちがう」と叫びたい衝動にかられるのだ。なぜか。
 もっと頑是ない子のはずだったのに驚くほど大人っぽくなっていたからだ。「父親に何のことわりもなしに息子をこんなに成長させるとは何ごとか」との政次郎の当惑と怒りに留意。
 宮沢賢治の短い人生を父親の側から描いた長編だが、このように子に対する父親の感情に何度も立ち止まってしまう書だ。
 30歳を過ぎた息子でも帰りが遅いと何かあったのではないかとつい心配し、そう考える自分にイヤだなと思ったりするのだが、おそらく息子は親がそんなことを考えているなんて想像もしていないだろう。そう思ったとき、私の父親も私に対して同じように感じていたに違いないと気づくのである。
 目黒考二(評論家)
    ◇
 講談社・1728円=5刷13万1500部 17年9月刊行。著者は71年生まれ。宮沢賢治の父・政次郎を主人公にして、賢治と家族を描いた小説。本書で直木賞受賞。

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