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「クトゥルーの呼び声」 架空の神話、より等身大に

 クトゥルー神話とは、米国の怪奇小説家、H・P・ラヴクラフトの作品を発端に、複数の作家が道具立てを共有することで生まれた架空の神話体系だ。宇宙には人類の想像を超えた恐怖が存在し、過去の地球も彼らに支配されていた。人類文明は、彼らが眠っている間に繁栄が許されているにすぎない……という恐ろしくも壮大な世界は、多くの創作者を魅了し、現在まで多くの神話が書き続けられている。日本でも様々な和製神話が語られ、中にはスーパーロボットものになったり、萌(も)えキャラになったりという斜め上の作品まで存在する。近年はゲーム「クトゥルフ神話TRPG」が動画投稿サイトで流行、昨年末には人気ソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」に登場したことでも話題となった。
 一方、ラヴクラフト自身の著作はというと、しばしば難読と言われる。「冒涜(ぼうとく)的な」だとか「名状しがたい」といった形容詞が文中にたくさん登場する難しい小説と聞かされ、敬遠している方も多いのでは。『クトゥルーの呼び声』はそんな方にうってつけの一冊だ。表題作をはじめ、深海の恐怖をテーマにした8編が新訳されているが、森瀬繚が「ラヴクラフトの文章は難読ではないという確信」(ツイッター)をもって翻訳したというだけあり、難解という先入観はいい意味で裏切られるだろう。加えて従来のファンにもおすすめだ。
 たとえば「クトゥルーの呼び声」は、現代的な言葉遣いで語られることで青年がささいなきっかけで禁断の真実に近付いていく恐怖が、より等身大に感じられるなど、作品の新たな魅力に気づけるはずだ。
 ラヴクラフト、クトゥルーに関する様々な著作の執筆や翻訳に携わってきた訳者だけあり、注釈や年表等、周辺情報も充実。執筆順に収められた作品群を読むことで、当初は個別に書かれた怪奇小説が、徐々に結びつけられて、神話の生成過程をたどることができる点も読みどころだ。
 本書は続刊も決定しており、2巻目には魔道書ネクロノミコンをテーマとした作品が収められるとのこと。ぜひこの調子で多くの読み手を宇宙的恐怖の世界に誘ってほしい。=朝日新聞2018年1月28日掲載