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ティリー・ウォルデン「スピン」 スケート、同性への恋、巣立ち…

スピン [作]ティリー・ウォルデン [訳]有澤真庭

 1996年生まれの新鋭によるメモワールだ。
 5歳でスケートをはじめた著者は、多感な時期をフィギュアとシンクロナイズドスケートに明け暮れて過ごす。引っ越しによる環境の変化、技を習得するたびに刻まれる身体感覚、コーチやチームメイト、親兄弟との距離、同性への恋とカミングアウト——。
 リンクの内外で生まれ、散っていく想(おも)いや息苦しさが、鮮やかに綴(つづ)られてゆく。過剰なセリフはなく、まるで氷上の空気のように静かな筆致が奥深い場所にある感情を揺さぶる。詩的な構図もいい。シンプルな線は滑らかな動きからエッジの鋭さまで想起させるほどに豊かだ。
 やがて著者は17歳になり、新たな道を見つけてスケートから巣立ってゆく。とはいえそれは、きっぱりとした決別ではない。一抹の寂しさや安堵(あんど)、困惑が入り交じった複雑な感情を抱えながらの旅立ちだ。作中「このスポーツは生き方とセットだ」とティリーは言う。その気付きに、彼女がどれだけ真摯(しんし)にスケートに向き合ってきたかが滲(にじ)む。あらゆる事象の積み重ねで人生が形成されるなら、複雑な感情を抱えたまま生きていってもいいじゃないか。読了後、そう言われたような気がした。=朝日新聞2018年3月4日掲載