築地本マルシェ

「Hanako」30年の軌跡と、マガジンハウスの雑誌づくり 編集長・田島朗さん

2018年03月09日

田島朗さん

田島朗さん

 数々の人気雑誌を送り出してきたマガジンハウス。なかでも、創刊30周年を迎えた「Hanako」は、時代のニーズをキャッチしながら成長してきた女性のライフスタイル誌だ。現編集長の田島朗さんが「Hanako」の歴史を振り返りながら、これからの雑誌が担う役目について語った。

 田島さんがマガジンハウスに入社したのは、1997年。宣伝部に配属され、翌年、「BRUTUS」編集部へ編集者として異動した。以来、「Hanako」編集部に異動するまで、「BRUTUS」一筋。田島さんは、雑誌編集のすべてを「BRUTUS」で学んだと話す。
 「学生時代にバックパッカーをしたこともあって、とにかく旅がしたい、とBRUTUS時代は旅企画を数多く担当していました」
 忘れられないのが、一つは、「一世一代の旅 その先の絶景へ」というタイトルで南極の旅行記を編集した号。もう一つは、猫ブームに対抗するように作った犬特集号だ。
 「秋田犬のわさおと、柴犬のまるちゃんという、共に有名な犬がいるんですが、この2匹を引き合わせたとき、動物の本能をむき出しにするような緊張感がありました。その対峙する写真を撮ろうとした瞬間、カモメがすっと2匹の間を飛んだんです。この写真が撮れただけでもう、読者に訴えかける誌面ができたと思いました。雑誌は、どれだけ情報を詰めるかというより、どれだけ人の心を震わせられるか。あの取材は、今でも思い出深い経験になっています」
 そして2016年、田島さんは「Hanako」編集長に就任した。
 「Hanako」の創刊は、1988年5月のバブル経済が始まる直前のこと。1985年に雇用機会均等法が始まり、働く女性のライフスタイルが大きく変化しつつあった。
 「Hanakoは、日本初の女性向けリージョナル誌という位置づけでした。実はHanako創刊のきっかけには興味深い話があって。1976年に弊社の『POPEYE』が創刊するのですが、その編集者たちが現地でよく参考にしていたのが、カリフォルニアで発行されていた『New West』というリージョナルマガジン。ただの情報誌という枠を超えた、新しい形のリージョナルマガジンだったのです」
 『POPEYE』を創刊したメンバーは、いつか東京にもリージョナルマガジンをつくりたいと思い立つ。その意志を受け継ぎ、10余年が経ち創刊されたのが『Hanako』だった。オーストリアのイラストレーター、ケン・ドーンのポップなイラストを表紙に使った「Hanako」は、当時は週刊誌として発行。「POPEYE」などの影響も受け、男性的マインドを持つ切り口も多く盛り込まれたという。
 たとえば、「仕事ができる女性は銀座に一流の根城を持つ」「女性ニュースキャスターのプレッシャーは『時間の使い方』を教えてくれる」「いま、どの会社のどのポジションについたら、50万円のサラリーになるか」などのキャリアアップ特集は、当時の女性誌にはない視点だった。
 「人生を楽しみ始めた女性の時代を支えていたのがHanakoでした。89年には『Hanako族』という名前が流行語大賞にもなったくらいです。今、管理職の女性にお目にかかると、『よく読んでいた』と言われることもあって、働く女性を象徴するブランドだったんだなと思います」
 91年にバブルが崩壊すると、Hanakoもキャリアップ志向から、ライフスタイル重視の企画が多くなってくる。「1000円で食べるランチ」など、リーズナブルに生活を楽しむ記事が登場してきたのも、この頃からだ。
 そして、90年代後半からインターネットが普及し始めると、情報の量よりも質で勝負する記事が増えてくる。
 2006年に週刊から月2回の発行になり、「恋人ができるカラダづくり」など、女性の生活に深くリンクするような記事が盛り込まれ、2008年からは判型が大きくなり、現在に続くHanako路線ができあがっていった。
 「インターネットが登場し、検索機能が身近になると、雑誌が持っていた速報性を保つのが難しくなりました。そこで、雑誌の個性を際立たせ、誌面で展開される世界に憧れてもらうという方向に変わっていったのです」
 時代の変化とともに変わり続けてきた「Hanako」が今、目指しているのは、「雑誌でしか感じられない喜びや楽しさを届けること」だ。田島さんがその「雑誌の力」を感じたのは、2月8日発売号の「喫茶店に恋して。」と題した喫茶店特集 だった。
 田島さんは、校了の直前まで取材した喫茶店の写真を表紙に使おうと考えていたが、どうもしっくりこない。そんなとき、部員がイラストレーターの故安西水丸さんが描いた紅茶のイラストを見せに来た。安西さんのイラストで企画を構成したいと言うのだ。イラストを見て、田島さんはピンと感じるものがあったという。
 「安西さんのご遺族にも快くご了解していただき、表紙に使わせていただいたところ、読者の反響がとてもよかったのです。若い読者のなかには安西さんを知らない人もいます。でも、『かわいい』と感じてくれた。時代を超えて、いいものは読者に受け入れられる。その橋渡しができるのが、雑誌の面白さだと思いました」
 田島さんは、これからの雑誌の役割は、読者を「うっかり、どこかへ連れてってくれる」存在ではないかと話す。
 今の時代、目的地にいかに早く到着するかが重視される。雑誌は、そうしたスピード重視の情報より、散歩の途中で思いがけず、好きなものと出合うような情報を提供していくことが大切なのではないか、と言うのだ。
 「紙の雑誌でなければ届けられない喜びはなんだろう、と追求している最中です。両観音開きのページにハワイでできることを100個詰め込んだり、サロン・ド・ショコラに行く読者に向けて、ショコラティエにサインしてもらう用のトレーディングカード風のものを作ったり。デジタルの画面上でスクロールされるのとは違う体験をしてもらいたいと考えています」
 この3月には、創刊30周年を記念して200ページ超の「大銀座百科事典」特集号が発売予定。それに合わせてHanakoオリジナルデザインがあしらわれたロンドンバスが大銀座エリアを走ったりと、さまざまな企画が予定されている。また、昨年オープンした、雑誌と連動させる公式サイト「Hanako.tokyo」(http://hanako.tokyo)もますます活発に。
 「30年間、雑誌でつないできた女性のためのさまざまな情報を、雑誌ではちょっとした憧れとして、デジタルではリアルな情報として落とし込んでいきたい」と話す田島さん。時は変われど、Hanakoは今も創刊時と変わらず、時代とともに女性の元気を応援するメディアなのだ。
(構成・取材 角田奈穂子、写真 首藤幹夫)

関連記事

ページトップへ戻る