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妻に捧げた1778話 [著]眉村卓

2018年03月11日

■最初の読者であり続けた人へ

 TV番組「アメトーーク!」でタレントのカズレーザーが「15年ぶりに泣いた」と絶賛したことで、2004年初版の眉村卓『妻に捧げた1778話』が第二次ブームを迎えている。著名なSF作家が、ガンで余命1年余を宣告された妻のためだけに、お百度参りのようにショートショートを日課として書き、5年弱で遂(つい)にその最期を見取る。もとより大枠が「難病物」的だから、第一次ブームのときは草なぎ剛・竹内結子主演「僕と妻の1778の物語」として映画化もされた。ただしカズレーザーは自身のもつ創造性を刺激されて泣いたのだろう。ただの「涙活」本でない点は読めばわかる。
 高校の同期生の間柄から結婚へ至った眉村と妻・悦子。眉村の作家的自立を認めその補佐までした妻は、夫の書き物の良き最初の読者だった。妻の発病前、眉村は長編を手掛けていてむしろ時流に遅れてゆく自覚もあった。妻は感性的には普通の読者に近い。その妻へ日々書くことは普遍性に向けたシフトチェンジにつうじる。眉村は急変の不安を抱える妻のために先の予定が決められない日々を「内面がぼうとミルク色に光る球の内側に居る感覚」と喩(たと)えているが、これが重要。本書に収録されている、奇妙で可笑(おか)しい、しかも結末が解放されている数々のショートショートもこの感覚を一貫させているのだ。
 時空の広がりを神秘化させる「古い硬貨」。一度目の奇蹟(きせき)と二度目の奇蹟の結末のちがいが幸福な「天からお札(さつ)」。内心に響くカウントダウンが不気味な結末の直前で寸止めされる「秒読み」。そして、長い空白部分に言語化できない想(おも)いの籠(こも)る「最終回」の余韻が素晴らしい。
 渡された手書き原稿を読む妻を眉村はじかに見た。反応が予想と異なる場合もあった。その点につき「泣ける」感慨も記す。「人と人がお互いに信じ合い、共に生きてゆくためには、何も相手の心の隅から隅まで知る必要はないのだ」。ここにこそ本当の崇敬が感じられた。
 阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)
    ◇
 新潮新書・734円=18刷25万4千部 04年5月刊行。著者が妻のために書いた1778編から選んだ19編のお話と、40年以上にわたる結婚生活を振り返るエッセーを収録。

妻に捧げた1778話 (新潮新書)

著者:眉村 卓
出版社:新潮社

表紙画像

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