築地本マルシェ

講演「福島第一 廃炉の現場を撮る」 西澤丞

2018年03月12日

(1)2号機と3号機の間で撮影 / 写真提供:東京電力ホールディングス株式会社 撮影:西澤丞

(2)汚染水を処理する施設を建設中の写真 / 写真提供:東京電力ホールディングス株式会社 撮影:西澤丞

(3)現場の様子 / 写真提供:東京電力ホールディングス株式会社 撮影:西澤丞

(4)大型休憩所 / 写真提供:東京電力ホールディングス株式会社 撮影:西澤丞

(5)ヘルメットに「汚染」と書いてある / 写真提供:東京電力ホールディングス株式会社 撮影:西澤丞

西澤丞さん

 今、福島第一原子力発電所は、どのようになっているのか。2014年から現地で写真を撮り続け、この3月に「福島第一 廃炉の記録」(みすず書房)を出版した西澤丞さんに話してもらった。
 ※( )内は参照写真のナンバーです。

●なぜ福島第一原子力発電所を撮るのか
 みなさんは、今、福島第一原子力発電所がどうなっているか、ご存知でしょうか。心のどこかに引っかかってはいるけれど、どうも現場のようすがよくわからない。たぶん、そんなお気持ちなのではないでしょうか。
 私は、2014年7月ごろからこれまでに、月1~2回ペースで合計28回、福島第一原子力発電所の現場に入り、廃炉作業のようすを撮影してきました。きょうは、今まで撮影した写真をご覧いただきながら、現場がどんな雰囲気なのか、そこで私がどんなことを感じたかについて、お話ししたいと思います。
 これ(1)は、2号機と3号機の間で撮影した写真です。右端に作業員の方が小さく写っています。彼は放射線を防ぐベストを着ようとしています。偶然通りかかって撮影したもので、こんな場面に遭遇するとは思っていなかったので、ドキドキしながら撮影しました。

●どうやって撮ったのか
 どうやって、こんなに現場近くで写真を撮ることができたのかと、みなさん、疑問に思われているかもしれません。私の場合、一般の方が立ち入ることのできない現場を撮影することが多いため、取材先の許可を得るための交渉や撮影スケジュールなどの段取りに多くの時間を必要とします。つまり、撮影に至る前の準備が非常に重要となっているのです。今回の撮影では、まずはじめに考えなければいけなかったのは、どのような体制で撮るかということです。今までの撮影では、個人の取材という形で撮影をしているのですが、福島第一の場合、東京電力からの依頼という形で撮影をしました。なぜ、そのような形をとることにしたかというと、もし私が個人の取材として撮影した場合、記録として残る写真は3種類になります。1つめは、現場の方が撮った不鮮明な写真です。2つ目は、報道の方が遠くから取った写真です。そして、3つめは、個人が取材という形でとった写真です。これでは、責任のある立場の人が誰もきちんとした記録を残していないことになってしまいます。
 また、東電が記録撮影を発注する場合、もう1つのパターンが考えられます。広告代理店などに依頼する方法です。しかし、その場合、だれが撮ったのかわからない写真が残ることになり、そのような写真では写真自体の信用が問われることになってしまいます。
 このようなことを考えて、私は、東電の依頼で撮影しているけれど、西澤丞という写真家が撮っているということをはっきりと出して撮るということにしました。事故直後から東電との交渉を進め、やっと撮影できることになったのが、2014年7月だったのです。

●何を伝えたかったか
 写真で一番大事なのは、何を伝えたいかです。どういう目的で撮るかということですね。私が考えたのは、1つには、みなさんの不安を緩和することです。
 人は、情報がないと不安になります。僕が、福島第一のきちんとした写真を発表することで、みなさんの不安が少しでも軽減されればと思いました。
 もう1つの目的は、記録を残すということです。廃炉の作業は、今の現役世代だけで終わるわけではありません。次の世代に引き継いでもらうために、経緯を記録しておく必要があります。この2つを目的として撮影に臨むことにしました。

●撮影を始めたころの現場のようす
 これ(2)は、汚染水を処理する施設を建設中の写真です。
 私は、現場の写真を撮るときに心がけていることがいくつかあります。1つは、現場をいじらない、変な演出はしないということです。この写真には6人の作業員さんが写っていますが、いつもどおりに仕事をしていてくださいと言って、6人の配置や表情がいい感じになるのを待って撮っています。照明もほとんど使いません。どうしても必要な時は、現場の人のヘルメットについているヘッドライトや投光器を少しずらしてもらうくらいです。なぜかというと、いじればいじるほど、嘘の写真になってしまうと思うんです。みなさんが実際に見に行く代わりに私が写真を撮っているのですから、なるべく現場の雰囲気が伝わるように心がけました。
 こんなふうに撮影をしていたところ、ある日、出版社の方から「写真集にしませんか」というメールをいただきました。私は、当初、そのつもりはありませんでした。商品にはならないだろうと思っていたからです。でも、実際に撮りためた写真を並べてみると、ある程度、本としての構成ができそうだし、写真集として出版すれば、みなさんに今の福島第一はこうなっているよと伝えることもできます。そう考えて、出版することにしました。

●最近の現場の様子
 最近のようすを見てみましょう。
 今、現場に行くとこんな感じ(3)です。全面マスクを着けている人は、もうほとんどいません。普通のマスクより少し上等なくらいです。服装も普通の作業服で、私服でもOKになりました。
これ(4)は、2年前くらいに完成した大型休憩所です。ここができて、温かい食事ができるようになりました。撮影を始めたころは、JRの広野駅近くにある宿に泊まっていましたが、そこは現場で働いている人たちもよく使っていました。最初のころは、みんな、暗い感じで黙々とご飯を食べてましたが、大型休憩所が完成するころになると、話をしたり、笑顔が見られたりするようになりました。メニューは日替わりで、建物の中にはコンビニもできてます。

●写真集の出版をめぐって
 撮影もそうですが、本にする過程でもいろいろありました。
 この写真(5)は、ヘルメットに「汚染」と書いてあります。この文字を消してくれないかという話が出てきました。でも、これを消してしまうと、記録写真としての価値がなくなってしまいます。1枚の写真の問題だけでなく、写真集全体の価値もなくなってしまうと思って、説明して納得してもらいました、
 修正している部分もあります。名前や電話番号、車のナンバープレートなど、個人が特定できてしまうもの消しました。「いじめ」の報道もありましたし、ここで働いていることを親が心配するので言っていないといった人もいたからです。

●写真を通じて日本の現場を応援する
 私の写真家人生で、こんなにいろんなことを考えたことは初めてですし、本作りでこんなに悩んだことはありません。
 私は、これまで「写真を通じて日本の現場を応援する」というコンセプトで、科学や工業技術に関する写真を撮ってきました。最初に写真集を出したのは2006年で、電力供給や高速道路の工事現場、ごみ処理施設などを撮影したものです。この写真集の「電力供給」というところでは、東電に取材をお願いして、いろいろ撮らせていただきました。
 こうした撮影をしたおかげで、今回の廃炉の現場の写真も撮らせていただけることになったのだと思います。もちろんすんなりと話が進んだわけではありません。初めのほうでもお話ししたとおり、事故直後から交渉を始めて、撮影に入るまでに3年以上もかかっています。これなどは短いほうで、イプシロンというロケットを撮ったときには、JAXAと7年も交渉しました。
 結局、私が写真を通じてやっていることは、きっかけを提供することだと思っています。私たちの暮らしを支えているものが、どうやって作られ、手元に届くのか、知らないことがたくさんあります。そうしたことに興味を持ってもらうきっかけを提供したいと思って、私は写真を撮ってきました。福島第一の廃炉作業もその延長線上にあります。これをきっかけに、福島第一が、今、どうなっているか、調べてみたり、現場に足を運んでみたり、そんなふうにしていただけると、私の仕事の意義が出てくると思います。(構成・秩父啓子)

〈西澤丞プロフィール〉
にしざわ・じょう/1967年愛知県生まれ。日本の工業技術や研究開発を現場目線でとらえることをテーマに写真を撮影。著書に、「福島第一 廃炉の記録」(みすず書房)「Build the Future」(太田出版)「Deep Inside」(求龍堂)など。

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