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それまでの明日 [著]原尞

2018年04月28日

■復活の衝撃、唐突な逆落とし
 
 ハードボイルド探偵小説の生みの親のひとり、レイモンド・チャンドラーの文体を見事に日本語へ移植してきた原尞の沢崎シリーズが14年ぶりに復活した。ファンのみならず若年の未読者もとびつくのは当然だ。その第1章。探偵・沢崎のもとに、金融会社の新宿支店長・望月皓一を名乗る「紳士」が、赤坂の料亭の女将(おかみ)の身辺調査を依頼する。一通りのやりとりがあって、1章の最後は「依頼人の望月皓一に会ったのは、その日が最初だった。そして、それが最後になった」。この唐突な逆落としの衝撃を結末まで保とうというのが原尞の作家的欲望だったにちがいない。
 ファン垂涎(すいぜん)の特長が守られている。相手がヤクザでも刑事でもシニカルで機知に富む発話を繰りだす沢崎の強気。異様なまでの愛煙家ぶり。携帯電話を使わず、伝言電話サービスを利用する反時代性。ただし沢崎は50代になっていて、変化もある。会話の多用。人情噺(ばなし)の要素も多い。ミステリーなのに殺しが本筋にからまない。
 依頼人望月が働く金融機関の新宿支店を訪ねた沢崎はそこで強盗事件に巻き込まれる。店に居合わせ、ひそかに沢崎と共闘した若きIT起業家・海津が以後、結果的に沢崎の相棒となる。強盗事件の内幕の推理ではなく、ハンサムで多弁で「人たらし」ともいうべき魅力を放つ海津の描写が中心に移る。殺し文句は「あなたは、ぼくのお父さんじゃありませんか」。友情の結実不能のむなしさをつづったチャンドラー『長いお別れ』に対し、本作は疑似父子関係の余韻豊かな終焉(しゅうえん)を描いたといえる。さらに第1章で調査依頼をした紳士の本当の動機。そこには相似という事実の苦さがあり、このことが沢崎と海津の関係にも共鳴している。
 最終の2ページが圧巻だ。タイトル『それまでの明日』の意味も、この小説の時制が「今」でないことも、殺しが抑制された理由も、すべてそこに「言外に」書かれている。
 阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)
    ◇
 早川書房・1944円=5刷4万1千部。3月刊行。「ファンが待ち焦がれた」(同社)、人気探偵シリーズの長編第5作。

 ※「尞」は「りょう」。環境によっては文字がうまく表示されない場合があります。

それまでの明日

著者:原 りょう
出版社:早川書房

表紙画像

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