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名将とは 固い信念とプロセス重視の姿勢

日本シリーズ優勝で胴上げされる横浜ベイスターズ(現・DeNA)の権藤博監督=1998年10月、横浜市

 監督のあり方が問われている時代。勝ち続けるのが名将なのか。うまい人たちをコントロールするのが名将か。教壇に立ったり、小学生のバスケットチームのコーチをしたり、組織のなかで後輩を育成したりと、さまざまな立場で関わってきた人間として、組織の段階別に、運営の指針となった本を紹介したい。

目標ひとつに

 初歩的な段階でいうと、グループにはモチベーションのバラつきがある。これをうまくまとめてチームの目的をひとつにし、そこまで導くのがいい監督だ。『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』は、テレビアニメ化、劇場映画化された人気作品。ここに登場する滝先生という顧問の音楽教師は、高校生に対しても大人扱いして丁寧なお辞儀をし、口調もです・ます調で穏やかだ。そんな彼は顧問就任の初日に「まずは皆さんに今年度の目標を決めてほしいと思います」と宣言する。それに合わせて指導する、というのだ。当然、スローガンのごとく「全国大会出場」が多数決で決まるのだが、いざその目標に合わせた練習スケジュールを組み、年功序列を排除して完全実力主義で各パートのオーディションを行うと、生徒からは猛烈な反発にあう。自分たちで決めた目標のはずなのに。滝先生のいうことは常に正論で、生徒たちは自分の「なんとなく」な心と、具体的に向き合うようになっていく。ただ上から「やれ」というのではない指導法で「目標」を統一し、モチベーションを高めていく。

「任命」の責任

 次の段階の組織だと、ジョン・ウッデン『育てる技術』は、アメリカバスケット界では知らぬ者がいない名コーチによる箴言(しんげん)集。大学バスケット史上最高のコーチと言われる彼は、我の強い選手やプライドの高い選手たちをいかに協調させていくかといった組織論に秀でている。名将は相手がわからないものを、相手にわかるものに置き換えるから比喩がうまい。ウッデンもそうだ。スポーツのチームプレーを映画作りに譬(たと)える。偉大な俳優や女優だけでは名画は作れない。名作にはセリフのない役者も、優秀な照明や脚本家やメイク、音楽などの担当者もいる。主役が素晴らしい演技をしているのに映画としては失敗作だというケースはいくらでもある、と説く。目標は最高のチームをつくることでありスターをつくることではないと、スター選手に理解してもらうのだ。ビジネス本としても白眉(はくび)である。
 最後に、『継投論』は、横浜ベイスターズを優勝に導き、WBCでは投手コーチを務めた権藤博による個別具体的な継投論。すべてにおいて口を出そうとする監督がいるが、最強のチームは自分たちで思考できる組織である。権藤は『教えない教え』(集英社新書・756円)という著書があるほど、成熟した選手たちが自ら考えて動く、を徹底した人物である。となると、監督の仕事は任命がすべてだ。突出した人物をキャプテンにしたり特別扱いしたりするのと、コミュニケーションがうまく取れるものをキャプテンにするのとではチームのあり方がまったく変わる。すべて「任命」した人の責任だ。では監督はなにを考えて任命するのか。そこに揺るぎない哲学と選手たちへの信頼がないといけない。すべての選手が自分の居場所を理解し、勝てばみんなが幸せになる、というのが継投で勝つということ。ジャーナリストの二宮清純の聞き手としての「かゆいところに手が届く」感じもたまらないスリリングな一冊だ。
 試合に出るのは選手たちで、監督は出られない。だからこそ名将には固い信念とプロセス重視の姿勢が共通している。結果はあとからついてくる=朝日新聞2018年5月19日掲載