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「メタモルフォーゼの縁側」 17歳と75歳、好きな本に夢中になって

メタモルフォーゼの縁側(1) [作]鶴谷香央理

 奇跡の出会いは妙齢の男女にのみ訪れるものではなく、75歳の老婦人と17歳の女子高生にも等しく訪れる。市野井雪の場合はたまたま立ち寄った書店だった。そこで初めて手にしたのはBL、いわゆるボーイズラブと呼ばれるジャンル。その時、対応したのがBL好きのバイト店員・佐山うららだ。
 その先が気になって、通院前に書店に立ち寄り続刊を購入。読むのが勿体(もったい)ないので奥付をめくる……ときめきを宿した雪さんの瞳の輝き! まるで、静かだった泉からこんこんと水が湧き出すような幸せな読書体験に心が温まる。
 とはいえご高齢の雪さん、貼り紙を見る時は前のめりになり、かぼちゃの皮に包丁が入らないときは一旦(いったん)休憩。そんなキャラクターの息遣いに満ちた場面の切り取り方も絶妙。コマ毎(ごと)に得られる充足感は著者の観察眼の賜物(たまもの)だ。
 自分の気持ちをなかなかアウトプット出来ない不器用なうららと夫に先立たれた雪さんは、徐々に好きなものを好きと言いあえる関係性に。その風通しのよさからくる清々(すがすが)しさと、何かに夢中になり、その時間に埋没する幸せ。本作を読むと、幾つになっても輝く時間が待っているのだと思えてくる。=朝日新聞2018年5月19日掲載