文理悠々

文理悠々

文理悠々

「小説が好きだから科学記者になった」。そんな朝日新聞OB、尾関章による書評コラム。文系、理系の壁を越えて本の世界の魅力を伝えます。

夏休み、少年は老人に出会った

夏休み、少年は老人に出会った

 夏休みというのは少年少女にとって格別に心躍る季節だ。10代も後半になれば、胸の高鳴りは性の衝動と不可分のものになるが、それよりも前、小学校高学年くらいの子どもたちは、おとなには思いもよらないことに心を震わせ、忘我の興奮………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年08月05日

神岡の地底に「トルストイ」がいる

神岡の地底に「トルストイ」がいる

 地底1000mで人の小ささと大きさを思った。地中の巣に身を置くアリのような小さな存在。それでも宇宙の果てを考える大きな存在。岐阜・富山県境をまたぐ神岡鉱山の地下で広大な宇宙空間にじっと「目」を凝らす東京大学宇宙線研究所………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年07月29日

想像世界の原発事故におののく

想像世界の原発事故におののく

 なぜ、原発の大事故は春に起こるのだろう。米国のスリーマイル島は3月だった。旧ソ連チェルノブイリは4月だった。福島第一は、あの3・11だ。そして、今回とりあげる架空の事故は新緑の5月に起こる、ということになっている。ドイ………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年07月22日

読み手の物語を感じたい

読み手の物語を感じたい

 記事をほめられる、というのは記者にとって、なにものにも代え難い報酬だ。めったにないことなら、なおさらだろう。今週も引き続き『シッピング・ニュース』(E・アニー・プルー著、上岡伸雄訳、集英社文庫)をとりあげるが、主人公の………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年07月15日

定年記者が記者ものを読む

定年記者が記者ものを読む

 来週に満60歳、一応の定年となる。科学記者の仕事は続けられそうだし、このブログも続投するつもりだが、それでも区切りであることに違いはない。そんなこともあって最近、朝な夕な頭の中をめぐるのは、かけだしの頃の思い出だ。  ………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年07月07日

科学者も、ひと色でないという話

科学者も、ひと色でないという話

 お医者さんと言っても、外科と内科ではキャラが違うよなあ、というのは科学記者が医療取材をしていて実感することのひとつである。もちろん、一人ひとりには個性があるのだから一概に言えないし、言ってはいけないのだが、先入観を交え………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年07月01日

「科学者」を再デザインする

「科学者」を再デザインする

 科学技術への逆風がしばらく強まりそうな気配だ。そもそも原発をこの世に産み落としたこと、原子力が日本の科学技術政策の柱の一つになったこと、そして、今春の原子力災害後、専門家が発信する言葉が人々の胸にすとんと落ちていないこ………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年06月23日

劇団ひとりはひとりじゃない

劇団ひとりはひとりじゃない

 タレント本恐怖症なのか。本屋さんの本がすべて、テレビに出ている人の著作ばかりになってしまうような不安に陥ることがある。出版冬の時代に、なんとか確実に売れる本を、となると、版元がそういう選択をしてもおかしくはない。  街………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年06月16日

雨の6月に太宰の桜桃を読む

雨の6月に太宰の桜桃を読む

 6月と言えば、桜桃忌だ。1948年6月19日、東京郊外三鷹の玉川上水で、作家太宰治の遺体が見つかった。女性を道連れにしての入水自殺。それは、彼が39歳を迎えるはずの日でもあった。  かつてはこの日、三鷹の禅林寺に太宰フ………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年06月09日

サブカルの哲人、中島らもの宇宙論

サブカルの哲人、中島らもの宇宙論

 カントのことを書いて疲れたので、今週は雰囲気をガラッと変える。ということで選んだのが、『僕にはわからない』(中島らも著、講談社文庫)だ。中島らもと言えば、兵庫県生まれ、大阪芸大を出たサブカルチャー色の強い才人。作家、コ………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年06月02日

柄谷行人流「カント倫理」の読み方

柄谷行人流「カント倫理」の読み方

 本が好きで、好きで、という生涯をまっとうして児玉清さんが逝った。テレビで聞いた話だが、家の中は本の山なのだという。さぞ、もっと読書に耽りたかったに違いない。限られた時間のなかで何から読むか。訃報をきいて、そんな難題が頭………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年05月26日

村上流安全学、「想定力」の補い方

村上流安全学、「想定力」の補い方

 「安全神話」など、もとよりなかったと言うべきだろう。なにも原発ばかりではない。世の中のありとあらゆることは危うさに満ちあふれている。それを「安全」に近づけることこそが求められる。そんなことを考えさせてくれる1冊を、今回………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年05月19日

柳澤桂子さんが書いた放射能の話

柳澤桂子さんが書いた放射能の話

 このところ、放射能についてよく尋ねられる。僕が科学記者だからだろうが、即答できないことが多い。怖い、ということでは論をまたない。だが、それは山道で出くわすヘビとも、夜道を突っ走る暴走車とも違う。人が昔ながらにもつ恐怖感………[もっと読む]

[掲載]2011年05月12日

スーがいて、ランとミキがいて

スーがいて、ランとミキがいて

 スーちゃんが残したものは、とても大きい。元キャンディーズの田中好子さん死去のニュースは、30余年前に「年上の男の子」だった僕にとっては電撃の悲報だった。だが、その死をめぐる一連の出来事は、津波被害の途方もない大きさに心………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年05月05日

井伏鱒二が見た「震災」下の優しさ

井伏鱒二が見た「震災」下の優しさ

 地震のことが頭を離れない。だが、少しは心なごむ話を読みたい。そんな人にお勧めの1冊をご紹介しよう。昭和の文豪が東京西郊の戦前戦後を書いた自伝風随筆『荻窪風土記』(井伏鱒二著、新潮文庫)である。その冒頭に関東大震災の話が………[もっと読む]

[文]尾関章 [掲載]2011年04月28日

ここに掲載されている記事や書評などの情報は、原則的に初出時のものです。

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