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マイルス・デイヴィス『アガルタ』『パンゲア』の真実 [著]中山康樹

[評者]奥泉光(作家)

[掲載]2011年05月08日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■20世紀アートの興奮と魂の震え

 1991年に65歳で死んだジャズ界の帝王マイルス・デイヴィスが、シェーンベルクやビートルズと並ぶ20世紀音楽の中心人物であったことに反対する人はあるまい。『アガルタ』と『パンゲア』は1975年に来日したマイルスが残した大阪フェスティバルホールでのライブアルバムであり、本書はこの歴史的名盤が成立した事情に取材したドキュメンタリーである。『アガルタ』のジャケットデザインを担当した横尾忠則をはじめ、アルバム制作に携わったエンジニアやプロデューサーの証言を中心に構成された叙述からは、アートとしてのジャズがいまだ強い光芒(こうぼう)を放っていた70年代の息づかいが聴こえると同時に、アルバム制作自体が紛れもなくアートであったことの昂奮(こうふん)と魂の震えが直截(ちょくせつ)に伝わってくる。
 だが本書の価値はそこにとどまらない。60年代末からの、いわゆる「エレクトリック・マイルス」——電気楽器を導入した時代のマイルス・デイヴィス——の音楽への再評価こそが本書のもう一つの意義だろう。実際「エレクトリック・マイルス」はジャズファンからは長らく理解されず、いまも理解されているとはいい難い。その一方で、三十余年の距離を得て、マイルスの音楽は、ジャンルを超えた20世紀音楽の文脈のなかで、さらには20世紀アートの全体構図に置かれる形で聴かれるようになり、歴史的な高い評価を得つつある。ここでいう歴史的評価とは、歴史資料としての評価ではない。まさしくいま聴かれるべき音楽として、歴史のなかからそれが浮上する事態を指す。
 音楽好きなら、同じ著者の『マイルスの夏、1969』(扶桑社)、『エレクトリック・マイルス1972—1975』(ワニブックス)といった一連のシリーズを併せ読むべきである。そしてもちろん『アガルタ』『パンゲア』を聴くべきだ。というか、本書を読めばきっと聴きたくなる。
 評・奥泉光(作家・近畿大学教授)
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 河出書房新社・2415円/なかやま・やすき 52年生まれ。音楽評論家。マイルス・デイヴィスに関する著書多数。

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