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平松洋子 書評委員お薦め「今年の3点」

[評者]今年の3点(書評委員)

[掲載]2010年12月19日

表紙画像

 (1)原稿零枚日記(小川洋子著、集英社・1365円)
 (2)読み解き「般若心経」(伊藤比呂美著、朝日新聞出版・1680円)
 (3)パンとペン(黒岩比佐子著、講談社・2520円)

 (1)怖い。正気と狂気がぬるっと入れかわったりまたもどったり。言葉を追ううち、現実と異界との境界線がおぼろになってゆく。湿気や水気をたっぷり含んだおそろしげな静寂のなかで、碧(みどり)の苔(こけ)が増殖してゆくさまを見ているようで肌が粟(あわ)立つ。なのに、この奇妙な可笑(おか)しさはどうだろう。いちばん怖かった小説だ。
 (2)死について大きな風穴を開ける一冊。肉親の死に向き合う苦悩を抱えながら手にした般若心経や観音経、地蔵和讃(わさん)などが詩人による現代語で提示される。「常なるものはどこにもない」「いつか死ぬ」と到達してゆく真理の言葉には爽快な風をもたらす読後感があり、救いを手渡される。
 (3)綿密な資料蒐集(しゅうしゅう)と読みこみによって文学の側面から社会主義者、堺利彦に光を当てる一大労作。不屈とユーモアの精神で「冬の時代」を生き抜く人間の姿が、まさに筆の力によって歴史の狭間(はざま)から立ち上がっている。
 (エッセイスト)

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