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下流志向―学ばない子どもたち 働かない若者たち [著]内田樹

[評者]中条省平(学習院大学教授)

[掲載]2007年02月11日

[ジャンル]人文 社会

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■消費社会にしがみつき、未来から逃走

 副題が示す方向へと日本は変わっている。著者は、その変質の理由を、経済原理による社会の均質化だという。日本の将来を絶望させるに足る、恐ろしいほど根源的な洞察だ。
 昔の子供は家事を手伝うことで、働く者として家族から認められた。今、日本の子供たちは家事を手伝う必要がない。そのかわり、消費者として自分を確立する。超少子化でこづかいは潤沢なので、幼いころから金を持って買い物をする。4歳の幼児でもコンビニで金と好きな商品を交換できる。金は持つ人の身分を問わない。これが金のフェアさだ。
 今の子供はしばしば「これを勉強すると何の役に立つんですか」と聞く。消費者として自分を確立した子供には当然の問いである。消費者にとって、自分がその有用性を理解できない商品は意味をもたないからだ。
 だが、「何の役に立つか」と問う人間は、ことの有用無用について自分の価値観が正しいと思っている。勉強によって自分の価値観そのものがゆらぐことを知らない。幼くして全能の消費者となった立場から、今の自分の役に立たないものを退ける。
 この態度を、今はやりの自己決定論、自己責任論が後押しする。勉強しなくても、自分で決めてそのリスクの責任を負えばよい。未来の自分に目をつぶり、今の自分の無知にしがみつく。役に立たない勉強をやらなくて何が悪い。こうして学習からの逃走が始まる。
 労働からの逃走(ニート)も、日本という異常に均質化された高度消費社会の必然である。ヨーロッパのニートは階層社会で社会的上昇の機会が奪われている。日本のニートはその機会があたえられても、放棄するのだ。
 消費社会の原理は等価交換である。労働に見あうと自分が判断する利益が得られれば働く。逆に、安い給料のために働く不快より、親の愚痴に耐えたり、近所の目を気にしたりする程度の不快のほうが軽いと判断すれば働かないのだ。ホリエモンがニート層の支持を集めたのは、最小の労働で最大の利益を得たからだ。AV女優がいくらでも出てくるのは、彼女たちがみだらだとか金に困っているとかいうわけではない。彼女たちには、その仕事はレートの良い交換に見えるのだ。
 金による交換は、平等で、透明だ。そこに魅力がある。だが、その交換がスムーズに行われるためには、交換の場を下支えする社会的制度や人間的資質を開発する必要がある。この人間的資質は、教育以前には「何の役に立つか」分からないものだ。教育の場で「何の役に立つか」と問う消費者マインドが、学習からの逃避、労働からの逃避を原理的に支えている。教育者と子供たちが「何の役に立つか」と問いつづけるかぎり、潜在的な人間的資質は開発されず、消費者でしかない子供(将来の大人)が再生産されるばかりだ。
 そんな絶望的に見える日本の未来のなかで、著者は余生は大学教師をやめて、武道の道場で地域の子供たちを教えてすごそうと考えている。瞬間的な等価交換ではありえない、悠久たる時間のなかでの変化を感じとる力の回復が、日本の子供再生の鍵になるだろう。
 評・中条省平(学習院大学教授・フランス文学)
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 講談社・1470円/うちだ・たつる 50年生まれ。神戸女学院大教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。著書に『狼少年のパラドクス』など。

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