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学歴分断社会 [著]吉川徹

[評者]耳塚寛明(お茶の水女子大副学長・教育社会学)

[掲載]2009年05月10日

[ジャンル]社会 新書

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■大卒と非大卒に二分する境界線

 「格差社会」は現代日本を語るキーワードとなったけれども、格差とはなにか、それはどんな仕組みで生まれたのかが明確にされることはめったにない。本書は格差論バブルの陥穽(かんせい)を突き、大規模社会調査に依拠して、大卒層と非大卒層とを境界づける「学歴分断線」こそが、人々の経済的豊かさやチャンスとリスク、希望などにおける格差現象の正体であることを一貫して暴く。
 格差社会を読み解く視角として、下流社会論や希望格差論が主張され、学問的にも社会階層論や経済学的格差分析がすでに存在する。著者は学歴格差に着目するアプローチが、それらを含み込んだ包括的な説明枠組みとして優位にあることを、説得的に提示している。
 高学歴化と学歴競争によって特質づけられる昭和の学歴社会は、平成に入って様相を変えた。18歳人口は減少し、大学の門は広く開かれた。にもかかわらず大学進学希望率は50%程度で推移し続ける。著者はそこに平成学歴社会の、冷めた新しい局面を見いだす。大卒の親が子どもの大学進学を願い、高卒であれば子どもが高卒であってもかまわないと考える。こうした各家庭の進路選択が集積した結果、社会の真ん中に学歴分断線が引かれ、それが親から子へと受け継がれていく。これが平成日本が直面する学歴分断社会の現実である。
 では、学歴分断社会を、是正すべき不平等社会だと考えるべきだろうか。著者の解答はおそらく読者の意表を突く。たとえば「親子ともども大学に進学しない世代間関係が繰り返されることも……理不尽ではない」を読めば、タブーに触れると感じ、あるいは激しい怒りを覚える人が多いだろう。けれども、学歴による職業や報酬の差異に一定の業績主義的正当性を認め、同時に平等社会を実現しようとすれば、必ずこの地点にたどり着いてしまう。著者はいま自分がどこにいるのかを正直に語っているに過ぎない。読者にはぜひ一読してあっと驚いた上で、私たちがいまいる場所の風景をあらためて眺めてほしい。
 評・耳塚寛明(お茶の水女子大副学長・教育社会学)
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 ちくま新書・777円/きっかわ・とおる 66年生まれ。大阪大学大学院准教授。『学歴と格差・不平等』など。

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