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身体の歴史3―20世紀 まなざしの変容 [監修]A・コルバン、J・J・クルティーヌ、G・ヴィガレロ

[評者]斎藤環(精神科医)

[掲載]2010年11月21日

[ジャンル]人文 科学・生物

表紙画像

■身体イメージの驚くべき支配力

 身体はイメージである。それは時代と文化、あるいは政治によって深く規定され、変容をこうむる。質量ともに圧倒的な三部作全編を通じて、このモチーフが徹底的に検証される。まさに前人未到の達成である。
 本書は『においの歴史』や『娼婦(しょうふ)』などの大著で知られる歴史学者アラン・コルバンが、編著に構想10年をかけた記念碑的な労作だ。1〜3巻まで、ほぼ時系列に沿って記述が進むが、この最終巻が取り扱う20世紀が個人的には最も興味深い。
 この時代を特徴付けるのは、レントゲン、映画、そして精神分析だ。すなわち20世紀とは、われわれの身体を凝視しつくす「まなざし」の世紀だった。
 本書が取り扱う領域は、医療、遺伝学、性愛、スポーツ、フリークス、個人認証、戦争、強制収容所、映画と多岐にわたる。あらゆる領域に遍在するものがまなざしだ。分析、治療、欲望、同定、支配、鍛錬、創造、そうした多様な機能をまなざしは引き受けることになる。
 すべての領域において起こりつつあること。それは「身体性」の衰弱である。まなざしは身体のあらゆる場所に浸透し、その機能を分離・抽象化することで、身体を多機能モジュールの重なり合う場として記述し直した。
 こうした状況について、著者の一人であるイヴ・ミショーは次のように述べる。「勝利を収めているのは、凍りつくような唯物論である。かつては意識、魂、幻想、欲望というものがあったのだが、もはや身体とその痕跡しかなくなってしまった」
 そう、いまや「心」すらも身体の下位部門(脳科学!)として扱われる。心身二元論ならぬ身体多元論の時代だ。「魂」に呼応する総合性を「身体性」と呼びうるならば、まなざしによるモジュール化(=唯物論)はそこに衰弱をもたらさずにはおかないだろう。
 それにしても、われわれの想像力における身体イメージの支配力には、あらためて驚かされる。21世紀における想像力のゆくえを構想する上でも、本書は貴重な資料となるだろう。
 評・斎藤環(精神科医)
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 岑村傑(みねむらすぐる)監訳、藤原書店・7140円/Alain Corbin, Jean−Jacques Courtine, Georges Vigarello

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