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量子の社会哲学―革命は過去を救うと猫が言う [著]大澤真幸

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2010年11月21日

[ジャンル]科学・生物 社会

表紙画像

■異質なものの遭遇、新たな意味へ

 量子力学以前の物理学では、観察者を超えた、超越的な視点あるいは超越的な何かが仮定されてきた。たとえば、相対性理論も光速を一定と仮定することで成り立っている。ところが、量子力学がもたらしたのは、そのような超越的視点がもはやないという認識である。光子や電子は、粒子であり且(か)つ波動である。しかし、それらを同時に知ることができない。観察するかしないかで、そのあり方が変わるからだ。そこでは、いわば、結果が原因を創(つく)りだす。といっても、観察者に問題があるのではない。対象そのものが不確定的に存在するのだ。
 本書は、このような科学認識のあり方を、古代から中世・近代を経て今日にいたる知的変容において考察するものである。というと、科学史の本のように聞こえるが、そうではない。むしろ、著者が指摘するのは、自然科学に生じたのと類似した事柄が、ほぼ同時期に、他の領域でも見いだされるということである。一例をあげよう。精神分析と物理学は無縁である。が、著者によれば、フロイトの前期の仕事「トーテムとタブー」と後期の「モーゼと一神教」との関係は、同時代の相対性理論と量子力学との関係と同型である、という。つまり、それらは「関係の類比」において結びつけられる。
 このように、それまで縁遠かった事柄、たとえば、絵画、数学、神学、生理学、経済学、国家論、革命政治などが「関係の類比」によって結びつけられ、それを通して新たな意味が見いだされる。さらに、そうした諸領域の核心に、社会学が存することを忘れてはならないだろう。著者が専攻する社会学は、まさに観察者が対象とする現実から離れて存在しえないことを自覚した学問として始まったのである。本書の表題が示すのは、そのことだ。とはいえ、本書の醍醐味(だいごみ)は、むしろ、これら異質なものたちの思いがけない遭遇と、それがもたらす新鮮な光景にある。読者は、本書を楽しみつつ読むうちに、自(おの)ずと世界が違って見えてくることを感じるだろう。
 評・柄谷行人(評論家)
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 講談社・2310円/おおさわ・まさち 58年生まれ。社会学者。『ナショナリズムの由来』で毎日出版文化賞。

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