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歪み真珠 [著]山尾悠子

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2010年05月09日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■舌の上で転がし続けたい掌編集
 青金石(ラピスラズリ)がバロック真珠に変成するまで、約7年の歳月がたった。執筆時期がまちまちの掌編集である本書もまた、一つの伝説として語り継がれることになるに違いない。
 1970年代の終わりにデビューし、85年にいったん筆をおいた著者自身の存在は、すでにファンの間では伝説として語られている。本書では、現実世界と隔絶したどこかの都市を多く舞台に選び、衒学(げんがく)的というのもはばかられる著者独自の言語空間が繰り広げられる。掌編集であるゆえに味わえる、濃厚に凝縮した世界の久々の登場をまずは祝福したい。
 鏡、人魚、海、祝祭、そして廃虚などのイメージが無限に続くかのようにちりばめられ、一編ずつ舌の上に転がし続けていたい気がする。それは、著者が影響を受けたという澁澤龍彦とも異なる光を放っていて、「劇場としての都市」の創造は独自のものである。前著『ラピスラズリ』や旧作とつながる作品も収録されているが、未読読者が手に取りにくい本ではない。不可思議な物語にひたりたいとき、本書は格好の水先案内人となる。著者が構築した(しかしそれはほとんど最後には破壊され、廃虚と化すのだが)世界は読書の快楽に満ちているから。
 タイトルは、真円でなく歪みをもった真珠の意味だが、著者の紡ぐ物語はすべてどこかあらかじめ歪み、欠落している。まるで、著者が好むという17世紀の画家、モンス・デシデリオの、音をたてずに崩壊してゆく過剰に装飾された都市のようだ。静かな滅びの雰囲気は、三島由紀夫の『中世』も思わせる。
 著者はかつてインタビューで「世界は言葉でできている」と語った。だが、なぜか「感想を述べる言葉がない」という読後感を耳にすることがある。言葉で語れない矛盾をはらむ本書は、確かに安易なジャンル分けや批評を拒むところがあろう。
 ただ、私はややファロス的な澁澤と対峙(たいじ)する、企(たくら)まざる韜晦(とうかい)やウイット、ジェンダー意識を、疾走を止(や)めぬアタランテや通過する美神の圧倒的な威力を持つ背中などに感じるのだが。
 評・田中貴子(甲南大学教授・日本文学)
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 国書刊行会・2940円/やまお・ゆうこ 55年生まれ。作家。『夢の棲(す)む街』『オットーと魔術師』ほか。

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