書評・最新書評

人間らしさとはなにか?―人間のユニークさを明かす科学の最前線 [著]マイケル・S・ガザニガ

[評者]尾関章(本社論説副主幹)

[掲載]2010年03月28日

[ジャンル]人文 科学・生物

表紙画像


■「物語」の存在こそ人の証しか

 なんとも大風呂敷な題名ではないか。答えはとても出そうにない。脳と心の謎を追うベテランの科学者が、自分自身の専門にとらわれず、さまざまな新知見を全編にちりばめた。
 多彩な説が並ぶので、いったいどれが正しいのかと戸惑うところもある。だが、難題を解く鍵はいくつか見えてくる。
 一つは情動だ。「すべての決断で何らかの役目を果たしている」のだが、人はそれをうまく制御できる。
 たとえば、車の割り込みに腹を立てた人も、わが子を乗せて救急外来に急ぐときに自分がどんな運転だったかを思い出せば怒りも和らぐだろう。情動の再評価だ。人生は「意識ある合理的な心と、脳の無意識の情動系との闘い」の連続なのである。
 情動は連帯にもつながる。腐りかけの牛乳のにおいをかいだ人の表情を見ると、その嫌悪感が伝わってくる。脳の中では、自分が不快なにおいに接したときと同じ領域が反応するのだという。人以外の動物でも情動の伝染はあるが、気づかいなどを伴う共感にまで高められているかどうかは微妙らしい。
 人らしさをかたちづくるものは、ほかにもある。想像力は心の中で過去や未来に連れて行ってくれる。小説や映画などで虚構の時空に遊ぶこともできる。そのことで「ほかの動物が縛られている硬直した行動パターンから抜け出せた」。
 思考力は物事の深層をみてとる。リンゴが木から落ちるとわかる動物は人以外にもいるようだが、人はそれにとどまらず、重力やその働きを「推理できる唯一の動物なのだ」。
 読ませどころは、著者自身の研究を踏まえた意識をめぐる考察だ。左脳には「すべての入力情報を、筋の通った一つの物語にまとめ上げる」働きがあり、そのつじつま合わせが「自分は統合された一つのもの」という感覚を生むようだ、とみる。
 自らの情動と向き合い、他者に共感し、想像を広げて思考を深める。そのどれもが物語づくりの営みにつながらないか。
 語るべき世界がある。それこそが人の証しかもしれない。
   *
 柴田裕之訳、インターシフト・3780円/Michael S. Gazzaniga 専門は脳神経科学。著書に『社会的脳』。

関連記事

ページトップへ戻る