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戦場からスクープ!―戦争報道に生きた三十年 [著]マーティン・フレッチャー

[評者]松本仁一(ジャーナリスト)

[掲載]2010年03月21日

[ジャンル]政治 ノンフィクション・評伝 国際

表紙画像


■報道の主役は常に生々しい現場

 紛争が起きる。その背景についての知識などなくても、とにかく一番乗りで戦場に飛び込んでいく。そんな報道を重ねてきたジャーナリストの回顧録だ。
 1994年にルワンダ虐殺が起きたとき、ツチ族とフツ族の違いもよく分からなかった。たまたま別の取材で南アフリカにいたが、「25万人が隣国に脱出」という一報だけで大事件だと判断し、現場に向かう。
 現場からの報告は見当違いなものだった。「ツチとフツがこの1カ月間、互いに殺し合い、遺体をこの川に捨てたのです」。彼は、事件が「民族浄化」ではなく「部族の殺し合い」だと思い込んでいた。隣国に逃れてきたルワンダ人がツチ族ではなく、報復を恐れたフツ族だということさえも間違えた。
 しかし、彼の報道は衝撃的だった。国境を流れる川には、首を切られ、ナタで頭を割られた死体が1時間に30体の割合で流れていたのである。こうしてルワンダ虐殺事件は一気に国際ニュースとなった。
 78年のザイール(現コンゴ民主共和国)内戦。本社はアフリカ人同士の殺し合いに興味を示さなかった。しかし著者は独断で現地に飛び込む。
 空港が閉鎖された後、多数の欧米人が反政府軍に捕まっていることが分かった。あとは著者の独壇場となる。
 74年のキプロス内戦では報道陣の車列が地雷原に突っ込み、9人が死傷する。動きのとれない車の中で、彼は倒れた同僚の姿を撮影しつづけるのである。
 戦場に飛び込んでいくとき、恐怖を考えたりしない。彼を突き動かしているのは「スクープ合戦で勝つか負けるか」だけである。現場入りを決断できない支局長や本社幹部を、著者は実名で嘲笑(ちょうしょう)する。
 そうしたスクープ合戦が、これまで多くの事件を明るみに出してきたのは事実だ。報道の主役は分析や解説ではない、現場なのだと痛感させられる。
 なぜスクープにそれほどこだわるのか。著者は「政策を長々と話す人間には興味はない。関心があるのは、その代償を支払う人びとだ」と答えている。
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 北代美和子訳、白水社・2730円/Martin Fletcher 47年、英国生まれ。英米のテレビ局で活躍。

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