1. HOME
  2. 書評
  3. 「漱石の『猫』とニーチェ」書評 ニーチェ軸に近代日本の精神史

「漱石の『猫』とニーチェ」書評 ニーチェ軸に近代日本の精神史

評者: 苅部直 / 朝⽇新聞掲載:2010年02月28日
漱石の『猫』とニーチェ 稀代の哲学者に震撼した近代日本の知性たち 著者:杉田 弘子 出版社:白水社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784560080443
発売⽇:
サイズ: 20cm/407,16p

漱石の『猫』とニーチェ―稀代(きだい)の哲学者に震撼(しんかん)した近代日本の知性たち [著]杉田弘子

 岩波文庫から、多くの著書が翻訳刊行されている哲学者を挙げると、まずプラトン、ルソー、カントが並ぶ。いかにも教養主義と感じるが、それに次いで多い部類の一人が、何とニーチェである。戦前の刊行書目にかぎれば、おそらく一位だろう。
 この本によれば、ニーチェの思想は、欧米で有名になったのとほぼ同時、明治時代の末に、日本にも紹介された。その生(せい)の哲学と文明批評が、旧世代に反抗する若者に受けたのである。
 大正期になると、和辻哲郎や阿部次郎が、人格の向上と人類愛を説いた先覚者として、ニーチェを論じるようになる。これは、理性への批判や、キリスト教の博愛思想に対する攻撃を、切り落とした解釈ではある。だがそれゆえに、豊かな感情を備えた理想の人格を、ニーチェの著書を通じて思い描けた。岩波文庫にも入ったゆえんである。
 他面でこの本は、夏目漱石と萩原朔太郎が、西洋文明批判や、無意味な生を耐えぬく意志を、ニーチェからよみとり、思索を深めていったようすも明らかにする。ニーチェという軸に沿って近代日本の精神史を語った、味わいぶかい一冊。
     *
 白水社・3360円