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古代への道―古代を語る14 [著]直木孝次郎

[評者]石上英一(東京大学教授)

[掲載]2010年01月31日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像


■憧憬では語れぬ歴史学の課題

 著者は戦後の古代史研究を担った一人。シリーズ「直木孝次郎 古代を語る」全14巻は、邪馬台国、大和王権と河内王権、飛鳥、難波宮(なにわのみや)、奈良の都、神話と祭祀(さいし)、万葉集など、70年に及ぶ研究の全体像を読者に示すが、本書はその著作集の掉尾(とうび)を飾る自伝である。
 インタビューに応えて語る「私の歩んだ古代史の道」、生地神戸の新聞に連載した「わが心の自叙伝」などからは、著者の古代探究の軌跡が伝わる。まず中学生で万葉集に親しみ、一高在学中に百済観音にまみえて志した古代史を学ぶため、京都帝国大学に進んだ。1943年に海軍入隊、予科練教官となり終戦を迎えた。「一生に二世を見た」という戦争体験と、万葉歌に発する古代への思いが著者の学問を形づくる。
 だが、本書は懐旧談に終わらない。歴史学者の社会的責任についても語りかける。50年、大阪市立大学に勤務したのが契機となり、難波宮の調査に参加、「難波宮址を守る会」など文化財保存運動を進めた。家永三郎の提訴に始まる教科書裁判では、自らも教科書を著述する立場から教科書検定批判の証言も行った。建国記念の日制定については、新憲法は人民主権であり、初代天皇即位日とされる2月11日は国民の祝日にふさわしくないと反対を唱えた。記紀の史料批判から新たな国家成立史を学界に提示した学者としての信念に基づく行動だ。
 著者は、歌人として歌会始の召人(めしうど)になったこともあり、額田王から台湾・韓国の歌人に及ぶ短歌評論なども興味深い。万葉歌に親しむ感性の豊かさも研究の力だと知る。歩いて探る古代史も特徴だ。壬申の乱研究では大海人皇子の吉野から伊勢越えの道も踏査した。シリーズと並行して刊行された『私の歴史散歩 直木孝次郎と奈良・万葉を歩く』を片手に、古代史散歩も試してみたくなる。
 だが歴史は古代への憧憬(しょうけい)だけでは語れない。長く研究を続けられた幸運にひきかえ、戦いに命を失った先輩や友人を思う巻末の言は、古代史を学ぶ者への課題を提示している。
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 吉川弘文館・2730円/なおき・こうじろう 19年生まれ。大阪市立大名誉教授。『額田王』など。

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