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「盗賊のインド史」書評 近代国家の本質を逆照射

評者: 中島岳志 / 朝⽇新聞掲載:2011年01月23日
盗賊のインド史 帝国・国家・無法者 著者:竹中 千春 出版社:有志舎 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784903426365
発売⽇:
サイズ: 20cm/337,11p

盗賊のインド史―帝国・国家・無法者 [著]竹中千春

 『女盗賊プーラン』という本を覚えているだろうか。1997年に日本語訳が出版されると、現代インド女性の自伝としては異例のロングセラーとなり、話題となった。
 プーラン・デーヴィーは、幼児婚・年上の夫からの暴力を経た上、誘拐される。犯人は盗賊団の首領。彼女は強姦(ごうかん)され、愛人とされた。しかし、盗賊団の一員が彼女に思いを寄せ、首領を殺害。彼女を連れて逃げ出す。そして別の盗賊団を形成すると、彼女自身がリーダーとして君臨するようになる。
 本書はプーランに象徴されるインドの「盗賊」に注目し、武装化する「周縁化された人々」を追う。そして、その社会的位置づけの歴史的変化を追うことで、植民地支配や近代国家の本質を逆照射する。
 ウェーバーが定義したように近代国家とは暴力を合法的に占有する装置である。国家権力以外の暴力は非合法とされ、取り締まりの対象とされる。しかし、プーランのような苛酷(かこく)な環境におかれた人間にとって、暴力は時に正義実現の最終手段となる。合法的支配のもと虐げられる人間にとって、暴力は不正義を糾(ただ)す希望となることがある。
 著者は「モラル・エコノミー」(道徳的に正しい経済)という概念を繰り返し使う。正当な取り分を受領できず、声もあげることのできない人間にとって、強圧的に相手を脅してでも支払いをさせることは正義といえるのか。弱者の暴力を誘発する現実とは何か。
 プーランは獄中から釈放されたあと、選挙に出馬し当選する。国会議員となった彼女は、これまで排撃されてきた国家権力の中枢に民衆の合法的支持を得て接近する。参加型民主主義が浸透することで「暴力的な手段で国家に対抗して処罰されてきた周縁の人々が、非暴力的な手段で国家の新しい担い手に変わっていく」のだ。しかし2001年、彼女はデリーの自宅前で射殺。暴力によって葬られた。
 付録として著者によるプーランへのインタビューも収録されている。ガンディーの非暴力との関係を論じた章も興味深い。
 評・中島岳志(北海道大学准教授・アジア政治)
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 有志舎・2730円/たけなか・ちはる 57年生まれ。立教大学教授(アジア政治論)。