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北京のアダム・スミス―21世紀の諸系譜 [著]ジョヴァンニ・アリギ

[評者]姜尚中(東京大学教授・政治学、政治思想史)

[掲載]2011年07月03日

[ジャンル]国際

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 ■欧米こそ「特殊」、野心的な中国論

 内部に数々の矛盾を抱えながら昇竜のように台頭する巨大国家、中国はどこに行くのか。その未来を予測することは難しいが、目前の変化から引きのいて、数百年の長期波動でとらえたら、中国の急速な発展はどう見えるだろうか。
 本書は、こうした壮大なスケールの歴史から現代中国の、さらにはアジアの興隆を位置づけ直そうとする野心的な世界システム論である。本書がユニークなのは、独自のアダム・スミス解釈に基づいて、市場形成プロセスの「自然的な」発展の経路と資本主義的発展のプロセスの「非自然的な」発展の経路を分け、前者を中国に、後者をヨーロッパ及び米国に振り分けていることである。目から鱗(うろこ)が落ちるとはこのことではないか。教科書的な近代化論からすれば、ヨーロッパおよび米国の資本主義の道こそが、「正常」であり、中国では合理的な資本家も、資本主義的な経営も、予測可能な法体系も、近代的な国家も、そして資本主義の「精神」も、諸々(もろもろ)が欠落しているとみなされてきたからだ。
 アリギは、このような「(マックス・)ウェーバー・テーゼ」を逆転させ、ヨーロッパ及び米国の発展の経路こそが「特殊」であり、「非自然的」であったと断じている。すなわち、ヨーロッパ及び米国では中国に見られたような、農業から工業へ、さらに対外貿易と進む「自然的」発展の経路をたどらず、むしろ逆に対外的な長距離貿易や奴隷貿易など、対外的膨張によって生み出された富と権力をレヴァレッジ(梃子〈てこ〉)にさらに工業から農業へと進んで行く発展をたどったのである。
 ヨーロッパの優位は、このような「逆向きの」発展を通じた産業革命と、内部の熾烈(しれつ)な軍拡競争と対外的な膨張によって支えられていたことになる。イタリアの都市国家からオランダのプロト国民国家、さらに英国、米国へと続く領土的帝国の歴史は、そのようなプロセスを物語っている。
 アリギによれば、その最後のランナーである米国の単独主義的なヘゲモニーは、ブッシュ政権の新保守主義のプロジェクトの破産で終わりを迎えようとしている。そして対テロ戦争の真の勝利者は、実は中国であり、かつての「自然的」発展の経路を振り返ってみれば、中国の台頭は決して単なる奇跡的な偶然ではないのである。
 もっとも著者はただ楽観的な中国平和的台頭論を唱えているのではない。もし中国が「西側のエネルギー消費型の経路」に頼り、利益の独占とそこから排除されていく人々の亀裂を深め、生態系の惨状を増大させていくだけだとすれば、世界の混沌(こんとん)のトリガーを引くことになりかねないと予測しているからだ。一読の価値ある大著だ。
 評・姜尚中(東京大学教授・政治思想史)
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 中山智香子他訳、山下範久解説、作品社・6090円/Giovanni Arrighi  1937〜2009年。イタリア生まれの社会学者。邦訳書に『長い20世紀』がある。



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