書評・最新書評

刑務所図書館の人びと―ハーバードを出て司書になった男の日記 [著]アヴィ・スタインバーグ

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年07月10日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像


■体験談がやがて文学的世界へ

 1分間の話を10分間に延ばして話すには天賦の才が必要だ。10分間を1分に縮めるのも才覚が必要だが、10分間の話を10分間で話すのは単なる凡俗の徒である。これが本書を読んだ率直な感想だ。
 どういう意味か。米国・ボストンの刑務所図書館で司書を務めた名門大学出身の青年の体験談、それが1分間の内容である。しかし、受刑者からブッキー(本好き)と呼ばれたこの司書が刑務所内で見たアメリカ社会の実像、受刑者たちの人生模様、そこに著者の人生をからませて感性豊かに、ある空間が描かれる。10分間に延ばした量と質が文学作品のレベルなのである。
 著者には社会から切り離された受刑者にとって書物は更生に役立つとの思いがあったようだが、しだいに受刑者たちの人生観やその軌跡に関心を深めていく。例えば女性受刑者が、幼児期に捨てた息子が長じて同じ刑務所にいるのを知り、母親としての愛情に目覚める。著者は必死にその姿を支え続ける。しかし、出所後、彼女は薬物服用で死亡。息子に宛てた手紙と受刑者が描いてくれた似顔絵も捨ててあった。この女性にユダヤ人家族の自らの祖母のある時代の苦悩を重ねたりする。
 刑務所内で自作の詩を売るC・Cという受刑者。その才能に著者は惹(ひ)かれるが、犯した罪(強姦〈ごうかん〉・誘拐など)を知ってたじろぐ。その複雑な心情も正直に描かれている。
 意図的であろうが、著者は刑務所内での表現手段を「泣く」「叫ぶ」などという語で語っている。人間の感情は極めて原始的であり、それを書物の持つ知性が補っていくといいたいのだろう。そのことに気づくと本書の冒頭の一節「受刑者の中で、いちばん司書に向いているのが風俗の男(ピンプ)」、つまり図書館を最も愛するのはこのタイプだというのは、「愛」を歪(ゆが)めた受刑者への著者(知性)の側からの怒りだと分かる。そこに著者の無念がある。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
     *
 金原瑞人・野沢佳織訳、柏書房・2625円/Avi Steinberg アメリカの新聞、雑誌などに多数寄稿。



関連記事

ページトップへ戻る