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ミドリさんとカラクリ屋敷 [著]鈴木遥 

[評者]田中貴子(甲南大学教授)

[掲載]2011年07月10日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像


■97歳、奇妙な家と開拓民の歴史

 そのいっぷう変わった家は、湘南ののどかな一角に立っている。豊かな木々が生い茂る庭に囲まれた重厚な日本家屋をよく見ると、あちらこちらに意匠を凝らした飾りが施されていることがわかる。そして、屋根からにゅっと突き出ているのは、まぎれもない電信柱である。ただの邸宅ではないことは、明らかだ。
 ここのあるじであり、設計者でもあるのは、御年97歳のミドリさんという女性である。著者は高校生の頃からミドリさんの家に興味を持ち、ついに家の中に出入りすることを許された。ところが、外観だけでなく内部もまた「カラクリ屋敷」と呼ばれるにふさわしいキテレツな構造を持っていたのだった。大学院で建築学を修めた著者は、ついに、ミドリさんとその家が生まれた背景を求め北海道から新潟まで、調査の旅を重ねることになる——。
 ミドリさんは、新潟から北海道へ移住した開拓民の家に生まれた。著者は、彼女の一族の歴史を建築という面から丁寧にあぶり出し、「カラクリ屋敷」が父親ゆずりのものづくりのノウハウとフロンティアスピリットによって造られたことを明らかにしてゆく。家屋がL字形につながっているのは、雪深い新潟の「曲(まが)り屋」を取り入れたものだし、家の中に秘密の逃げ道をいくつも造ってあるのは、「いざというとき」を想定した開拓民の智恵(ちえ)なのである。
 著者のてらいのない文章で「カラクリ屋敷」の謎が解き明かされる過程は、実にわくわくさせられる。建築がいかに人間と深く関わっているかが痛感されもする。ミドリさんの痛快な言動と行動力に、元気をもらう読者も少なくないだろう。
 ちなみに、奇妙な建築といえば式場隆三郎によって昭和初期に紹介された二笑亭が思い浮かぶが、式場も新潟出身なのは偶然だろうか。せせこましい仕事部屋で、二つの建築にしばし思いをはせた。
 評・田中貴子(甲南大学教授・日本文学)
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 集英社・1575円/すずき・はるか 83年生まれ。雑誌の編集・ライター。町並み保存や建築物記録に携わる。



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