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かけ算には順序があるのか [著]高橋誠

[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)

[掲載]2011年07月10日

[ジャンル]教育

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■思想史的な問いかけ、なのだ

 今、小学校では、「6人に4個ずつミカンを配ると、ミカンは何個必要ですか」という問題に、6×4=という式を書くと、バツにされてしまうという。「教師用指導書」には、かけ算の式の順序を教えるように、と明記されているのだ。かけ算とは、「ひとつ分の数」×「いくつ分」によって「ぜんぶの数」を求める操作であり、順序の理解は、かけ算の導入期のルールとしてぜひ必要なのだという。つまり4×6が正解。
 著者は文学部卒。この考え方にひっかかりを感じ、算数教育の歴史をひもといてみた。議論は実に40年ほど前から繰り返されており、今もネットで父母、教師を巻き込んで継続中。古くは数学者、遠山啓、矢野健太郎、森毅なども活発に発言している。彼らは順序派。もし6×4と書くならば、それはトランプを配るときのように、一巡あたり6個ミカンがいり、それを4回繰り返すという意味になると。あの森先生ですら結構しんきくさいことを言っていたのですね。
 しかし、と著者は食い下がる。遡(さかのぼ)れば、エジプトの記述には人数が先にくるかけ算があり、そもそも人間の思考の始まりは6人×4個的なものだったのではないか。
 大げさにいうと本書は、人類が長い時間かけて獲得してきた知の紆余曲折(うよきょくせつ)を、教育という「便宜」がどこまで整理してよいか、あるいは教師たちはそのことにどれほど自覚的か、という思想史的な問いかけなのである。著者の「ひっかかり」は健全なる懐疑心の発露であり、そこに共感できるのが本書の持ち味。
 私はふと、広中平祐を思い出した。彼は「図形を3等分する」という問題で、みじん切りにして三つの山に盛ればよいといった。数学は自由でいいんですと。
 そんな自由さを獲得するためにこそ勉強するわけだが、最初からそうは見通せないのがつらいところ。
 評・福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)
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 岩波科学ライブラリー・1260円/たかはし・まこと 48年生まれ。算数教育史家。『和算で数に強くなる!』など。



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