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日比谷公園 一〇〇年の矜持に学ぶ [著]進士五十八

[評者]荒俣宏(作家)

[掲載]2011年07月17日

[ジャンル]人文 アート・ファッション・芸能

表紙画像


■苦心重ねて、洋風「幕の内」の庭

 大都市の公園は案外なことに、突然上から市民に与えられたケースが多い。東京の上野公園も「恩賜(おんし)」が付くし、パリのテュイルリー宮庭園は美観を保つために市民の入園禁止となるところを童話作家として有名なペローの粋な計略で公開に変更されたそうだ。
 東京の中心を占める日比谷公園も、そもそもは上から出た計画だった。日比谷の練兵場跡地に日本初の洋風大公園を設置し、市民を洋風生活に親しませようとしたが、あいにく洋式庭園を知る建築家は皆無だった。そこで欧州の有名庭園から「いいとこ取り」をする苦心の試案が造られたが、徹底的に叩(たた)かれた。たとえば門扉のない開放的な門は、夜間に市民が花を盗みに来ないよう頑丈な扉を付けよと反対された。
 これに対し設計者は「公園の花を盗まないくらいの公徳心がないなら日本は亡国だ」と、ペローが用いたのと同じ策略で説得している。また大銀杏(おおいちょう)を公園内に移植する案も、活着は不可能とする剛腕政治家星亨に反対され、設計家が首を賭けて男の意地を貫き通したという。
 日比谷公園の設計案は多数あったが、採用されたのは無名に近い本多静六の案だった。東京駅の設計者辰野金吾の設計案にも勝利した本多案の秘密とは、何だったのか。じつは辰野が工学系の真正な洋式デザインを示したのに対し、農学造園系だった本多は「西洋っぽい」デザイン、つまり和風味を出したのだ。
 「幕の内弁当」のように造られたこの公園は、その後も生物学系の手で、ブランコ、噴水、芝生、花壇、動物園、そして音楽堂に洋食店の松本楼までが設置された。洋花、洋食、洋楽の「三つの洋」を市民に親しませた功績は大きいのだ。本書後半では、都市公園がイベント会場からホームレスの仮泊場所へと多機能化する経緯も語られており、興味深い。
 評・荒俣宏(作家)
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 鹿島出版会・2625円/しんじ・いそや 44年生まれ。造園学者。東京農大前学長。『日本の庭園』など。



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