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子どもの頃の思い出は本物か-記憶に裏切られるとき [著]カール・サバー

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2011年07月17日

[ジャンル]人文 医学・福祉

表紙画像


■いつから覚え、なぜ変容するか

 本書には二つの柱がある。一つは、幼年期の記憶はいつから始まり、それが正確か否か、科学的に解明しようとの論点。もう一つは幼年期の記憶を甦(よみがえ)らせ、それをもとに訴訟(主に性的虐待)に持ち込むことを奨励する心理療法家たちの暴走を批判する論点だ。特に後者については、この20年余に顕著になり、彼らは一様に記憶回復療法を採るが、それは統一性も高度の知的裏付けもない危険な療法との見方が示されている。
 幼年期のトラウマから解放されて思い出された記憶、例えば父親は実は殺人者だったとか、父と教師に性的虐待を受けたとの記憶が、そのまま法廷に持ち出される。その種の裁判事例では、記憶のみが証拠となることの難しさゆえ、無実の者がかなり多く獄に収容されているという。
 むろん幼年期の記憶のすべてが誤りとはいえないのだが、大半は心理療法家が、幼年期のトラウマから解放することで思い出したとされる(しばしば物語的事実が作られるという)。著者はUFOに誘拐された人たちの記憶は心理療法家の療法を受けた後から始まると指摘している。
 人間の記憶はいつから始まり、それがどのように語られていくのかを著者は多くの心理学者に取材を続けている。最初のこの柱について著者は今のところ4歳ころからの記憶は事実に即しているのではと言いつつ、そのような記憶も周囲の大人の言や誘導によって、時に事実と反する内容に変質するとみる。家族と過去を語り合うことで記憶は作られるが、一方で、ナチスの収容所などの記憶は鮮明に残るのが特徴だと示唆する。
 著者はこうした曖昧(あいまい)さの中で、幼児の「抑圧された記憶」の質を問わない心理療法のゆきすぎに警鐘を鳴らす。記憶戦争というべき記憶メカニズム論争の行く末に、実験心理学のさらなる成果が望まれるとの著者の見解には十分うなずける。
 評・保阪正康(ノンフィクション作家)
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 越智啓太・雨宮有里・丹藤克也訳、化学同人・2730円/Karl Sabbagh 作家、ジャーナリスト。



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