書評・最新書評

犯罪 [著]フェルディナント・フォン・シーラッハ

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2011年07月24日

[ジャンル]文芸

表紙画像


■罪を犯した者の悲しみ際だつ

 犯罪——このストレートなタイトルからは、つい反射的に推理小説や警察小説を連想してしまう。しかし本書は、トリックを解いたり犯人捜しをしたり、あるいは警察や権力の裏に隠された闇を暴くといった内容ではなく、弁護士から見た犯罪者を、簡潔な筆致で「魅力的に」語る短編集である。
 憎むべき犯罪者を「魅力的」とは、とんでもないことだと重々承知しているが、にもかかわらずあえて使わせてもらったのは、本書を手に取ってぱらぱら捲(めく)っているうちに、引き込まれて手放せなくなり、一気に読み終わったという、久しぶりに読書で得た感激を表したいからだ。
 事件を扱うこの種の小説にありがちなもったいぶった下地のような描写は、本書にはほぼ見られない。まるで戦場に向かう軍馬さながら、一旦(いったん)走り出した物語は結末までまっしぐらに進んでいく。かといって、細部を、決しておろそかにはしていない。とりわけ事件の場面などは、あたかも直(じか)に見ていたかのように、迫力に満ち、息継ぎさえ許してくれないほど、その筆捌(さば)きが鮮やかである。
 妻を殺した夫。弟をあやめ、のちに獄中で自ら命を絶った姉。自分のために売春した恋人を謀殺したであろうパレスチナ難民キャンプ育ちの麻薬売人の青年。——どれも変わった事件だが、しかし著者はその異様さを誇張することなく、あくまでも淡々とした口調で客観事実を追っていく。
 そのためか、罪を犯した主人公たちの持つ深い悲しみが却(かえ)って際立ち、読む人の涙を誘う。最後の「エチオピアの男」まで読み進むと、同情から流していた涙も、感動のものに変えさせられた。
 ベルリンで活躍する刑事事件弁護士である著者が、「現実の事件に材を得て」書いた作品であるという。犯罪者といえども、かつてはみな「ただの人」だった。改めてそう気付かされた一冊である。
    ◇
 酒寄進一訳、東京創元社・1890円/Ferdinand von Schirach 64年、ドイツ生まれ。



関連記事

ページトップへ戻る