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空飛ぶタイヤ [著]池井戸潤

[評者]角田光代(作家)

[掲載]2006年11月05日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■「責任なすり合い社会」を痛烈に批判


 マンション耐震強度偽装やエレベーター事故、いじめの事実隠蔽(いんぺい)などのニュースを見聞きするたび、なぜ大の大人が責任のなすりつけ合いを何カ月も続けるのか、私はつねづね不思議に思っていたのだが、この小説を読んで「ああ、こういうことであるのか」と深く納得した。
 大型トレーラーのタイヤが突如外れ、歩道を歩いていた子連れの主婦を直撃した。男の子は軽傷ですんだものの、主婦は死亡。大型トレーラーを所有していた運送会社に、業務上過失致死容疑の捜査が入る。スピード違反と過積載の事実はなかったものの、整備不良だったのか否かが確認できない。トレーラーの製造元であるホープ自動車にはなんの過失もなかったのか。そのことを究明するために、運送会社社長の赤松は全国を走りまわり、やがてホープ自動車の欠陥隠しを確信する。
 さらに小説は、ホープ自動車側の目線でも描かれる。「官僚以上に官僚的」な社内の体質故に、社内の力関係ばかりに敏感な社員たち、徹底的に事なかれ主義の幹部。その体質にまみれつつも、「車を造りたい」という夢を追う沢田。さらに、事態を冷静に見つめる系列会社東京ホープ銀行の井崎と、立場のちがう多数の登場人物たちを緻密(ちみつ)に描き出し、隙(すき)のないリアリティが細部を覆っている。
 なるほど、このようにして人は、たやすくものごとの本質を見誤るのか。ひとりの命より、社名や肩書や世間体が重要だと、このようにして思いこんでしまうわけか。小説の向こうに、昨今のニュースが透けて見えてくる。四年前に実際に起こった死亡事故と、その後の展開を思い出す人も多いだろう。赤松とともに怒ることのできる自分に、安堵(あんど)してしまう。
 「結局のところ人は皆、歯車である」というのは、赤松がつぶやく言葉である。企業や社会において歯車でしかない私たちが、どのように自分自身を獲得するか、その過程を書いている。じつに牽引(けんいん)力のあるエンターテインメント小説であり、同時に、人間性を疑うような事件の多い現在への、痛烈な批判でもある。
 評・角田光代(作家)
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 実業之日本社・1995円/いけいど・じゅん 63年生まれ。作家。『果つる底なき』で江戸川乱歩賞。

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