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困ってるひと [著]大野更紗

[評者]中島岳志(北海道大学准教授・南アジア地域研究、政治思想史)

[掲載]2011年07月10日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■制度の谷間の難病、挫けそうでも笑う

 ミャンマーの難民問題を研究する24歳の女性が、突然、難病にかかった。病名は「筋膜炎脂肪織炎症候群」。免疫システムが正常に制御されず、全身に炎症がおこる。何十種類もの薬を服用しつつ、熱、倦怠(けんたい)感、痛みに苦しむ毎日が続く。
 本書は、発病からの苦闘を描いたユーモアたっぷりの闘病ノンフィクションだ。ネット連載時から話題になり、ツイッター上では絶賛の声があふれた。
 最初は、どこの病院に行っても、何の病気なのかが分からない。原因も不明。いくつかの病院を転々とし、自力でたどり着いた大学病院でようやく入院。本格的な治療がスタートする。
 そこで著者の前に立ちはだかったのが、日本の複雑怪奇な社会保障制度だ。それはまるで「モンスター」。ただでさえフラフラなのに、山のような書類を提出しなければならない。しかも、難病を抱える患者にとっては余りにも過酷な制度で、「大我慢大会」を強いられる。病院は「診療報酬」の問題で、ベッド稼働率を上げなければならない。長期入院は敬遠される。
 著者は、次第に友人たちに頼るようになっていった。「何でもするよ」と言ってくれる友人に、買い物や手続きの代行などを頼んだ。次第にそれは「当たり前」になっていき、友人たちは疲弊していった。
 著者は、そんな事実を友人から突き付けられる。そして、思った。これは自分が研究してきた難民への援助の矛盾にぴったり当てはまるのではないか、と。
 行政によるセーフティーネットには、すでに大きな穴があいている。「難病患者は、『制度の谷間』に落ち込む、福祉から見捨てられた存在」になっている。それを患者個人の「根性」や家族・友人の支援だけで乗り切ることは不可能だ。自助と共助だけでは、みんなが疲弊する。やはり国家が再配分を行うことで、生存権を保障することが必要不可欠である。その上ではじめて自助や共助が意味をもつ。著者は言う。「その国の『本質』というのは、弱者の姿にあらわれる」
 問題は、患者と医者の関係にも及ぶ。人は他者のことをすべて「わかる」ことなんてできない。医者も患者の不安や思いのすべてを把握しきることはできない。医者だって人間だ。だから、医者の何げない一言や行為が、患者を絶望の淵(ふち)に追いやることがある。著者は、その瞬間を丁寧に描く。
 社会制度とのバトル、医者とのバトル、そして自分とのバトル。著者は、挫(くじ)けそうになりながらも、なんとか前に進む。いつもユーモアと知性を忘れずに。
 とにかく読んでほしい。これほど読みやすく、心が震えるノンフィクションはめったにない。笑顔と涙が同時にこぼれる傑作だ。

    ◇

 おおの・さらさ 84年生まれ。上智大学大学院(休学中)に進学した08年、難病の筋膜炎脂肪織炎症候群と皮膚筋炎を発病した。現在は退院して都内で生活している。

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